話題は追っているが、いま何が論点なの?――「論点の地図」は、その月のニュースレターの内容を見取り図として整理する保存版です。主要な論点/構図/経緯/いま注目する点などをコンパクトに押さえます。必要なときに戻ってご参照できます。(編集部)  ※今号は途中から有料です。


目次

【1】2月配信の核心
【2】2月の記事(3本)
【3】2月の要旨
【4】主要な論点
 論点① 解散首相専権論は憲法原理に反する
 論点② 抜き打ち解散が野党の準備を困難にする
 論点③ 民主主義の核心は「自己修正能力」にある
 論点④ 「擬似政権交代」と制度的歪み
【5】構図
【6】前提となる流れ
【7】注目
【8】用語


【1】2月配信の核心

高市解散は何を壊したのか。「解散首相専権」という思い込み × 「やり得」を可能にする制度構造 × 「政権交代なき民主主義」の慢性病――この三層が重なったとき、民主主義は「手続きはあるが自己修正できない政治体制」へと変質する。


【2】 2月の記事(3本)

[2026/2/3]高市首相は「国王大権」を簒奪している ――「解散は首相の専権」という暴論を駁す
☝🏼衆院解散は首相の専権ではない。憲法69条に基づく不信任決議への対抗措置としてのみ正当化される例外的権能である。7条解散を根拠に自由裁量解散を正当化する論理は、国民主権の原理に反し、「国王大権」を首相に簒奪させる危険な解釈である。

Coffee Break☕ 高市首相は「国王大権」を簒奪している ――「解散は首相の専権」という暴論を駁す
ヴェネズエラ侵攻問題について4回の配信で肝所を論じました。この後、ウクライナ戦争論に戻るつもりでしたが、いま日本政治が、高市首相の衆議院解散による総選挙という突風に曝されています。法哲学者として座視していられない重大な問題がここにあるので、Coffee Breakを延長してこの点を論じます。 「大義なき解散」よりも、「大義なき解散でもやり得できる日本」こそが問題 1月23日、通常国会の冒頭に、高市首相により衆院抜き打ち解散が決行されました。投開票日は2月8日、解散からの期間はたったの16日間で戦後最短、野党に選挙準備期間を与えず「高市人気」が高いうちに自民の議席拡大をめざすという「党利党略」が見え見えの解散です。 政治的御都合主義剥き出しのこの抜き打ち解散に対しては、「大義なき解散」という批判の声が野党やメディアにおいて強いだけでなく、自民党の内部にも疑問視する向きがあります。上記の党利党略に加え、以下のような問題が指摘されています。 ①予算成立に国民民主党など野党の協力も得られる見込みがある中で、あえて本年度内での次年度予算成立を困難にするような時点で解散をすることの不合理

[2026/2/14]なぜ高市首相は「やり得」できたのか――「ありえへん自民党大逆転」の真因
☝🏼抜き打ち解散と最短選挙期間が、野党を戦略的混乱に陥れた。高市首相のイメージ戦略と、立憲民主党の再編失敗が重なり、「ありえへん大逆転」が生じた。最大野党の自壊だけでなく、解散権濫用が政治的火元である。

Coffee Break☕ なぜ高市首相は「やり得」できたのか――「ありえへん自民党大逆転」の真因
「立民滅んで、自民栄える」――令和八年政治劇の衝撃 2月3日、衆院総選挙の5日前に配信した記事「高市首相は『国王大権』を簒奪している」の最後に、解散権を濫用する高市政権に対して、「やり得は許さないよ」というメッセージを投票によって伝えることが有権者にはできると言いました。しかし、日本の有権者たちは高市首相に「やり得」、しかも彼女にとっては笑いが止まらないほどの「ぼろ儲け」をさせてしまいました。 自民党は結党以来最大の316議席、単独で衆議院議席の三分の二以上を獲得しました。公示前の198議席から118議席増です。連立パートナーだった日本維新の会も2議席増やし、両党合わせて352議席になりました。かたや、公明党と立憲民主党が合併して作った最大野党たる中道改革連合は公示前の167議席(172議席あったが今回不出馬の5人を除く)から49議席へと激減。ちょうど自民党の増加分にあたる118議席を失いました。 https://news.yahoo.co.jp/pickup/6569260?ref=authorshipjp.ghost.io 中道の49議席の中身を見ると旧公明候補が28議席、

[2026/2/24]政権交代なき民主政治の病理――持続的権力は持続的に腐敗する
☝🏼民主主義の本質は「誤りを正せること」にある。しかし政権交代が実質的に機能しない体制では、持続的権力が持続的に腐敗する。戦後日本の長期にわたる自民支配は、その病理の具体例である。

高市解散論(3) 政権交代なき民主政治の病理――持続的権力は持続的に腐敗する
今般の高市解散総選挙の結果は、かねてから私が指摘してきた戦後日本の民主政治の病理を鮮明に例証しています。自民圧勝を喜ぶ人々も、嘆く人々も、誰もこの問題を直視していないようなので、ここで触れておきます。 なお、年明けからずっと「Coffee Break☕」というラベルを「冠」にして記事を配信してきましたが、休憩中の余談とはもはや言えない重いテーマの話が続いているので、今回から「冠」を主題に即したものに変更します。今後は文字通り「こぼれ話」的な余談にだけ「Coffee Break☕」のラベルを付けることにします。 ※今回、途中から有料になります。 目次 * なぜ、「愚者の民主政治」は「賢者の専制」に優るのか * 「我ら愚者の民主主義」における政権交代の不可欠性 * 自民党延命し続けて、日本低迷し続ける――ポスト五五年体制の政治史 * 不気味な既視感 なぜ、「愚者の民主政治」は「賢者の専制」に優るのか まず、私見の理論的前提として、「なぜ民主主義が必要なのか」という根本問題について一言します。 民主主義は「衆愚政治」に走ることが多く、ひどい政治制度だが、

【3】2月配信の要旨

2月配信の記事で問うているのは、高市首相個人の行動の是非にとどまりません。衆院解散が「首相の専権事項」として当然視されているため、政治慣行に反するタイミングでの「抜き打ち解散」も可能にされ、その結果として与党が「やり得」できる制度構造が、日本の民主主義に与えている歪みが問題なのです。