AI時代には、知識や技能を必要に応じて学び続けることが重要になります。そのなかで注目されているのが、学びを小さなまとまりで認証する「マイクロクレデンシャル」です。しかし、学びを細分化するだけで本当に十分なのでしょうか。今回は、マイクロクレデンシャルとNQF(National Qualifications Framework)を手がかりに、これからの学びの仕組みについて考えます。
目次
- 学びを小さく認証する仕組み
- 学位の「中身」を見える化するNQF
学びを小さく認証する仕組み
――前回は、AIの進化に大学改革のスピードが追いつけるのかが課題だというお話でした。もし大学の変化が追いつかないとすると、別の学びの仕組みが重要になってくるのでしょうか。
飯吉 その可能性はあります。近年、注目を集めているのが、マイクロクレデンシャルです。
従来の大学教育は、通常は4年間でまとまったカリキュラムを履修し、その成果として学位を取得する仕組みでした。一方、マイクロクレデンシャルは、より小さく細分化された学修のまとまりごとに、習得した知識・能力を認証していくという仕組みです。
必要な知識や技能を学び、それを認証する。さらに別の知識や技能を学び、それも認証する。こうして、修得された能力を明示し積み重ねていくわけです。
――必要なものを必要なだけ学ぶ、というイメージですね。
飯吉 まさにその発想です。変化の速い時代には、その方が即応性があり合理的だという考え方もあります。
新しい技術が出てきたら、すぐに学ぶ。仕事で必要になった技能があれば、それを身につける。そのような機敏で柔軟な学び方です。大学のカリキュラム全体を改訂するには長い時間を要しますが、マイクロクレデンシャルであれば比較的迅速に新しい教育内容を提供できます。その意味で、AI時代との相性はよいと思われます。
ただし、それだけで十分かというと、私はそうは思いません。大学教育には、単に個別の知識や技能を習得するだけではなく、体系的に学問を修めるという大事な側面があります。教養教育もそうですし、専門分野における教育についても、基礎から応用へと積み上げながら構造的に理解を深めていきます。
それゆえに、マイクロクレデンシャルを積み上げていくだけでは、体系的な学びが失われてしまう可能性があります。
――必要に応じて部分的な学びを続けるうちに、全体が見えなくなってくる。
飯吉 そこが大きな課題です。個々の知識や技能は身につくかもしれません。しかし、それらがどのようにつながっているのか、自分が何を理解していて何を理解していないのかが分からなくなる恐れがあります。「木を見て森を見ず」のような感じでしょうか。
マイクロクレデンシャルは、より自由で柔軟性の高い教育システムを実現するための素晴らしい仕組みですが、私はそれだけではまだ不十分と考えています。重要なのは、自由に積み重ねていくマイクロクレデンシャルと既存の学位プログラムのようなマクロクレデンシャルを、どのように組み合わせ、自分の学びの全体像の中に位置づけていくかです。
このように考えると、学習者が何をどのような順序で学び、どこへ向かうのか。学びのマップ上でその道筋を示す仕組みも必要になります。
学位の「中身」を見える化するNQF
――そうした学びを支える仕組みはあるのでしょうか。
飯吉 そのような仕組みの一つに、ナショナル・クオリフィケーション・フレームワーク(National Qualifications Framework:NQF)というものがあります。
日本ではあまり知られていませんが、NQFは、学位や資格が「何を学び、どのような知識や技能が習得され、何ができるようになったか」を詳細に明示し、国レベルで教育の資保証を担保するための枠組みです。
たとえば、日本には多くの工学部があります。同じ工学部であっても、A大学とB大学では学ぶ内容や身につく知識・技能に違いがあります。もちろん大学として認可を受けている以上、工学分野の学部として一定の設置要件は満たしています。しかし、卒業生が在学中に何を学び、何ができるようになったのかについては、大学間の違いがかなり大きいのが実情です。
そこで、「国内のどの大学に行っても、工学部で工学士の学位を取ったのであれば、最低限これだけの知識と技能を修得している」ことを明示するための共通の基準となる枠組みがあった方がよいという考え方が出てきました。それがNQFです。
大雑把に言えば、初等・中等教育における学習指導要領のように、単元ごとに「何を学び、何ができるようになるのか」を整理するという考え方ですね。NQFは、それに近い考え方を高等教育にも導入するための枠組みです。
