米国とイランが和平合意に向けた覚書を交わしました。60日間、海上封鎖合戦を停止して、船舶のホルムズ海峡通航を双方が承認し、その間に核開発問題や制裁解除問題など懸案を検討するというもの。覚書内容の解釈において両国政府の間にずれがあるだけでなく、核問題など肝要な係争点について「懸案先送り」で、安定的な和平合意の成立を保証するものは見当たりません。海峡封鎖が核兵器開発に匹敵する交渉カードになることを学習したイランが強硬姿勢を軟化させる見込みはなく、米国ではトランプが見せ始めた弱腰に共和党タカ派の批判が強まっており、先行きは全く不透明。しばし情勢展開を見守る必要があります。トランプの常套文句を借用すれば、「何が起こるか見てみよう(Let’s see what will happen.)」というところです。

そこで、前回に続き、今回も「コーヒー・ブレーク」にします。といっても、日本にとって重大なトピックです。本年6月10日に、皇室典範改正問題に関し、衆参正副委員長主宰の各党派代表協議会が「立法府の総意」と題した「安定的皇位継承」のための基本方針をまとめ、森衆院議長から高市首相に提出されました。政府はこれを受けて具体的な改正法案を作成し、国会に提出することになります。この「立法府の総意」、およそ日本国憲法における象徴天皇制の位置がいかなるものかについて、まったく何も理解しておらず、本質的問題を棚上げした愚劣極まりないものです。以下、これを素材に、象徴天皇制の何が問題か、皇室典範改正はいかにあるべきかについて、私見を述べます。*今回、途中から有料記事です。


目次

  • 象徴天皇制の正統性根拠は日本国憲法である
  • 憲法の人権規定は皇室にも適用される ――世襲制は性差別を正当化しない
  • 「神権天皇制」と「象徴天皇制」の断絶の法的意味
  • 「神権天皇制」の呪力により神聖化され続ける皇室典範 ――三笠宮崇仁親王の先見的提言

象徴天皇制の正統性根拠は日本国憲法である

自説の要点をまず簡潔に述べます。政治体制論の観点から言えば、私は象徴天皇制に反対です。象徴天皇制は、民主主義とは親和的であるが、宗教・文化・民族的出自などを異にする多様な人々の公正な共生というリベラリズムの根本理念に反するとして批判しています。その法哲学的・政治哲学的議論を述べると長くなるので、詳細は、拙著『現代の貧困――リベラリズムの日本社会論』(岩波現代文庫版、2011年)3-129頁をご参照ください。

現代の貧困/井上 達夫|岩波現代文庫 - 岩波書店
天皇制,会社主義,民主政治の機能不全.日本社会の病理を解明し,リベラリズムに基づく変革を構想する. 井上 達夫 著

米国のように政権の長たる大統領が国家を象徴する「国家元首」としての地位を占めるのも、現在のトランプが示すように、社会の亀裂を深め大統領専制政治に暴走する危険性があり、これにも私は反対です。代替的体制としては、同じ旧敗戦国で「過去の克服」に努めてきたドイツのように、政権の長たる宰相(首相)とは別に、対立する諸党派を包容し、その見識と経験で広く国民に尊敬された人物を大統領として選任し、国家元首としての象徴的役割を果たしてもらう「象徴的大統領制」がいいと考えています。大統領選出方法としては、ドイツでは国会議員と各州議会の代表からなる連邦会議で大統領が選任されますが、これに様々な学術団体、文化団体、市民団体などの代表を加えるのがいいでしょう。

しかし、日本国憲法1条が「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」と定めているように、象徴天皇制は戦後憲法で定められた制度で、憲法改正でこれが廃止されない限り、その正統性を承認せざるを得ません。ある制度の「正統性(legitimacy)」を承認するとは、それが「正当(right)」とは言えない点を含んでいたとしても、正規の改正手続で改正されない限り、それを尊重するということです。

もちろん、象徴天皇制の正統性を承認することは、その根拠たる日本国憲法の正統性の承認を前提しています。ここでは詳述できませんが、占領終焉で日本が主権を回復してから70年以上の間、日本人の手で改正が可能であったにもかかわらず改正されなかった戦後憲法を、いまだに「押し付け憲法」としてその正統性を全面否認する立場に対し、私はこれを倒錯的で欺瞞的だとして斥けています(参照、拙稿「憲法改正から逃げる自民党――『何のための憲法改正か』をいま問い直す」『Voice』2024年9月号、58‐61頁)。

憲法の人権規定は皇室にも適用される
――世襲制は性差別を正当化しない

「象徴天皇制の正統性根拠は日本国憲法にある」という命題を示されても、「憲法1条が象徴天皇制を定めているということでしょう、それがどうかしたのですか」という反応をする人が、残念ながら多いでしょう。しかし、この命題はもっと重大な意味をもちます。象徴天皇制は大日本帝国の「国体」とされた天皇制とは断絶しており、徹頭徹尾、日本国憲法に適合しなければならないことを意味します。すなわち、日本国憲法の「第1章 天皇」を構成する8箇条の条文だけでなく、この8条文で明示的に適用が排除されていない他のすべての憲法条文、とりわけ基本的人権を保障した「第3章 国民の権利及び義務」に掲げられた諸規定は天皇・皇族にも適用されることを意味します。

天皇のプライヴァシ―権や肖像権が問われた1998年12月16日の富山地裁判決は、「天皇も憲法第三章にいう国民に含まれ、憲法の保障する基本的人権の享有主体であって、その地位の世襲制、象徴としての地位、職務からくる最小限の特別扱いのみが認められる」と判示し、控訴審、上告審でもこの判決が支持されています。

皇室典範は象徴天皇制の具体的な在り方を規定する法律です。象徴天皇制が憲法の制約に服するということは、皇室典範の規定が憲法に反するなら、他の法律の場合と同様、違憲無効となり、憲法に適合するよう改正されなければならないことも意味します。私は現行皇室典範が憲法の国民主権原理には反しないとしても、天皇・皇族の職業選択の自由・婚姻の自由・両性の平等などを公然と侵犯しており、基本的人権保障の観点から重大な違憲性を孕んでいると考えます。

とりわけ、皇位継承における女性排除はゆゆしき問題です。英国をはじめ、象徴的君主制を存置する欧州諸国は、人口約4万人の極小国リヒテンシュタイン以外はどこも女王を認めている。世襲制は男系である必要がないばかりか、男系主義は男女平等の原理に反するからです。このことが明証するように、「皇位は世襲のものであって」とする憲法2条が定める天皇の地位の世襲制は、憲法14条が禁じる性差別を皇位継承において例外的に認めるべき理由にはまったくなりません。憲法1条が述べるように天皇が「日本国を象徴する」としたら、女性天皇が排除されている事態は「日本は男尊女卑国家である」ことを象徴的に示すことになり、国際的にも日本の恥辱です。

ところが、「立法府の総意」に見られるように、いま高市政権下で進められている皇室典範改正の動きには、現行皇室典範の違憲性に関する問題意識は皆無です。天皇・皇族の基本的人権一般に無頓着で、特に皇位継承における恥ずべき女性差別は天皇制の「伝統」(注1)であるとして自明視さえされている。安定的皇位継承(すなわち皇族数減少抑止)の観点から民間人と結婚した女性皇族の皇籍保持などを限定的に認めようとしてはいますが、皇位継承権における女性排除という最も重大な欠陥の是正を棚上げした上に、皇籍離脱した旧皇族の血統の者のうち男性だけを養子で皇族に戻す方途を提唱するなど、性差別をさらに助長しようとさえしているのです。

(注1) この「伝統」が女性天皇排除派による歴史の捏造であることは、小林よしのりが『愛子天皇論』(全3巻、扶桑社、2023‐25年)などできわめて明快に論証している。私はリベラリズムの法哲学者を自任するが、小林に対しては「真っ当な保守思想家」として「闘争的敬意」を抱いており、女性天皇排除派の欺瞞に対する小林の批判には大いに賛同する。ただ、私の論点は、象徴天皇制の正統性根拠は、神話や政治的捏造も多く含む不確かな「伝統」にではなく、日本国憲法にある以上、女性天皇・女系天皇の排除が憲法上許容されない点について、「女性天皇はいても女系天皇はいない」などという「伝統」論はそもそも的外れだということである。

世論調査で、女性天皇支持が7割を超えているにも拘らず、しかも、日本最初の女性首相に率いられた政権の下であるにも拘わらず、なぜ、こんな反動的蒙昧主義が跋扈するのか?「さなえ推し」ブームに乗って自民党を圧勝させた有権者たちの多くは「ジェンダーの壁」を高市が破ることを期待していたと思われるのに、なぜこの人たちは、いまの皇室典範改正プロセスの歪みに「裏切られた」と言って、もっと怒らないのか? 最近、高市政権支持率が一時期よりは落ちてきた――それでも50%前後の支持率を維持している――ようですが、主たる原因は物価高対策の遅れへの不満や「中傷動画」スキャンダルにあり、女性差別を温存する皇室典範改正の動きに対して高市政権を突き上げる世論の声は大きくありません。

このことの背景的要因としては、象徴天皇制が「日本国憲法の子」であることの意味をしっかり自覚せずに、「大日本帝国の天皇制の相続人」であるかのように無意識に捉えてしまう思考惰性に、日本の政治家と国民の多くがいまだに囚われていることがあると思われます。以下、この点について検討します。