ヴェネズエラ侵攻問題について4回の配信で肝所を論じました。この後、ウクライナ戦争論に戻るつもりでしたが、いま日本政治が、高市首相の衆議院解散による総選挙という突風に曝されています。法哲学者として座視していられない重大な問題がここにあるので、Coffee Breakを延長してこの点を論じます。

「大義なき解散」よりも、「大義なき解散でもやり得できる日本」こそが問題

1月23日、通常国会の冒頭に、高市首相により衆院抜き打ち解散が決行されました。投開票日は2月8日、解散からの期間はたったの16日間で戦後最短、野党に選挙準備期間を与えず「高市人気」が高いうちに自民の議席拡大をめざすという「党利党略」が見え見えの解散です。

政治的御都合主義剥き出しのこの抜き打ち解散に対しては、「大義なき解散」という批判の声が野党やメディアにおいて強いだけでなく、自民党の内部にも疑問視する向きがあります。上記の党利党略に加え、以下のような問題が指摘されています。

①予算成立に国民民主党など野党の協力も得られる見込みがある中で、あえて本年度内での次年度予算成立を困難にするような時点で解散をすることの不合理性

②前回の衆院選から1年3ヵ月余りしか経ていない時点で700億円もかかる解散総選挙を実施することによる国費浪費と、選挙事務負担の自治体行政へのしわ寄せ

③台湾有事問題に関する高市発言による対中国関係悪化がレアアース輸出規制にまで深刻化している現状への責任追及の回避

④韓国の旧統一教会捜査から再浮上した同教会と自民党との癒着スキャンダルの隠蔽

他にも色々あり、まさに「突っ込みどころ満載」の政略解散です。

大義なき衆院解散 高市首相の「白紙委任状ちょうだい!」は許されぬ:朝日新聞
■記者コラム「多事奏論」 編集委員・高橋純子 高市早苗の高市早苗による高市早苗のための解散総選挙(敬称略)。 これを言わなきゃ始まらない。これさえ言えばほかに何も言うことはない。 きのう衆議院が解散さ…

それにも拘らず、「衆議院解散は首相の専権事項である」という命題――以下、解散首相専権論と略称――が「金科玉条」の如く語られ、「首相が伝家の宝刀を抜いた以上、大義があろうがなかろうが、解散総選挙するしかない」ということが、解散批判者の間ですら自明視されています。まるで、「水戸黄門の印籠」を見せられて誰もが平伏する様を見るかのようです。

私は、高市首相の解散権の濫用以上に、首相が無制約な解散権をもつことを疑わない日本の政界・言論界・世論の現状に、日本の立憲民主主義体制の危機を感じています。解散首相専権論は自明な命題どころか、日本国憲法の原理に反する暴論です。以下この点を説明します。

国会は「国権の最高機関」である――三権分立は三権同列にあらず

日本国憲法は「三権分立」という言葉を含んではいませんが、三権分立原理に立つとされています。それは次の理由によります。第一に、立法・司法・行政の三権がそれぞれ、国会・裁判所・内閣という異なった国家機関に専属させられている。第二に、この三権の間でチェック・アンド・バランスを図る規定が種々導入されている。内閣の衆議院解散権能は、このような三権分立システムの中で、内閣による国会への対抗措置と位置付けられていますが、これを明示的に規定しているのは、以下の憲法69条です。

第69条 内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

以下、「不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決し」を一括して「不信任決議する」と略記します。憲法69条は、衆議院が内閣に対し不信任決議したときに、対抗措置として衆議院を解散する権限を内閣に付与しています(注1)。内閣の衆院解散権の実質的要件を規定しているのはこの69条だけで、他にはありません。

さて、三権分立とは言いましたが、憲法は国会・裁判所・内閣を同列には置かず、41条で「国会は国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」と明定しています。憲法1条で宣明された国民主権原理からすれば、主権者たる国民の直接選挙で構成員が選出される国家機関は国会のみである以上、国会が「国権の最高機関」であるのは当然です。

さらに、内閣は、国会議員の中から国会の議決で指名された内閣総理大臣と、内閣総理大臣が任命する国務大臣からなり(67条1項、68条1項)、「国会に対して連帯して責任を負う」(66条3項)とされ、しかも内閣の行政権は国会の立法を執行する権能にすぎません。内閣は、あくまで国権の最高機関たる国会の下位にある国家機関なのです。なお、国会は二院制ですが衆議院は参議院にいくつかの重要な点で優越します。

国会の下位にあり、国会によって創出され、国会に対して責任を負うべき内閣が、国会の優越的構成部分である衆議院を解散するというのは、国会を国権の最高機関とする国民主権原理からすれば由々しき例外的対抗措置です。したがってかかる措置は、憲法が明示的にそれを授権した場合、すなわち69条が規定する場合に限定されなくてはなりません。

(注1)参議院も内閣に対し問責決議はできるが、参議院については任期中の解散はないので、「解散しない限り総辞職する」という法的義務を内閣に課す不信任決議はできず、かかる内閣不信任決議は衆議院の専権である。逆に言えば、憲法は、内閣を総辞職させるという強い不信任決議権限を衆議院に付与したがゆえに、衆議院がこの強い権限を不当に濫用しないよう、例外的対抗措置として解散権を内閣に認めたのである。歴代政権が衆議院解散権を、明示的にそれ授権する69条以外の場合にも内閣がもつと主張しながら、参議院に対しては内閣が解散権をもつと主張しない(できない)のも、参議院が内閣総辞職を要請する不信任決議権をもたないからである。したがって内閣の衆議院解散権は衆議院が内閣不信任決議権を発動した場合にしか認められるべきではない。

 

「7条解散」という憲法破壊クーデタ

ところが、戦後日本政治では、1952年の第三次吉田内閣による抜き打ち解散以降、この69条によらずに、首相の自由裁量による衆議院解散の実践が跋扈してきました。その憲法上の根拠とされてきたのが、天皇の国事行為を定める7条です。

第7条 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。

[略]
3 衆議院を解散すること。
[以下略]

同条は「内閣の助言と承認により」天皇が行う国事行為を列挙していますが、その3項に「衆議院を解散すること」が挙げられており、これを根拠に、69条以外の場合でも内閣は自由に衆議院を解散できると歴代政府によって主張され、それが既成事実としてこの国では容認されてきました。

衆議院解散詔書・御署名原本・昭和41年・第1巻・詔書12月27日 (国立文書館)

7条によっても、「内閣の助言と承認により」とあるように、全会一致原則に基づく閣議決定が必要であり、解散首相専権論が自動的に正当化されるわけではありません(注2)。しかし、根本的問題は、7条を根拠に解散首相専権論をゴリ押しするのは、日本国憲法の国民主権原理を骨抜きにし、君主制の下で「国王大権(royal prerogatives)」の一部として承認された裁量的議会解散特権を日本の首相に簒奪させる憲法破壊クーデタ(無血で非軍事的ながら憲法違反の体制転覆行為)だという点です。

憲法は国民主権を謳った第1条で象徴天皇制を承認していますが、天皇から「国政に関する権能」を剥奪し、儀礼的行為としての「国事行為」のみを行うとしています(第4条1項)。7条3項の「衆議院を解散すること」も、衆議院解散という国政的行為の遂行ではなく、衆議院が解散されたことを公示する詔書の読み上げという儀礼的行為にすぎないから、天皇の国政関与を否定する憲法に反しないというのが歴代政府の建前でもある。

しかし、7条を根拠に、69条で憲法が授権している場合以外でも、いつでも自由に衆議院を解散できるとするなら、7条3項の「衆議院を解散すること」は、69条によりなされた解散決定を公示する単なる儀礼ではなく、それとは独立に裁量的に衆議院解散を命令する権限を形式的にではあれ一旦は天皇に帰属させるものとなり、「内閣の助言と承認」という縛りにより、その命令権限行使を首相によって統制させていることになります。

つまり、7条を根拠にした解散首相専権論は、国民主権原理に立脚する日本国憲法が天皇から剥奪したはずの「国王大権」を、衆議院解散に関して形式上復活させた上で、その実質を首相に簒奪させているのです。

この法理の解説が難しいと感じる人は、次の点を考えてください。憲法は、衆議院議員の任期は解散がない限り4年と定めている。衆議院が解散される可能性を憲法が明記しているのは69条により内閣不信任決議がされた場合だけです。衆議院総選挙で私たち有権者は、内閣不信任決義がないかぎり4年の任期の間活動する私たちの代表を選ぶというつもりで投票する。解散首相専権論によれば、その結果誕生した国会で選ばれた首相が「与党議員の数をもっと増やしたい」と思えば、いつでも好きな時に、我々の選挙の結果を御破算にして、事実上の選挙のやり直しをさせられるのです

直近の選挙結果をすぐ変えるというのは、さすがに横暴すぎて通常は自制されますが、状況によってはありえます。今回の高市解散は直近の衆院選からわずか1年3カ月余りです。解散首相専権論によれば、首相は、論理的には数か月後でも数週間後でも、選挙を御破算にしてやり直しさせられるのです。これは国民主権を愚弄する国王大権の発動でなくて何でしょうか。

このような「7条解散」を許してきた大きな責任は司法と政界にあります。この点は次回触れます。我々有権者にすぐ出来ることが一つあります。大義も憲法的正統性もないこんな御都合主義解散をした与党政権に対して、「やり得は許さないよ」というメッセージを投票によって伝えることです。

(注2)首相は閣僚を任意に罷免できるので、衆院解散に関し首相は閣議で反対する閣僚を罷免して自分の意志を貫徹できるから「首相専権」と同じだとする反論は成り立たない。「首相専権」は首相が独断で決定する権限をもち、他の閣僚は異論をはさむ権利がないことを意味するが、閣議決定では閣僚は罷免リスクを覚悟すれば異論を唱え、拒否権を行使できる。反対する閣僚をすべて罷免しなければ閣議決定ができないという状況は「首相専権」とは異なる。しかも、首相の閣僚罷免権を根拠に閣議決定を首相専権と同視するなら、解散だけでなく、すべての内閣の意思決定が首相専権となり、合議体としての内閣による閣議決定は不要ということになる。