AIによって知識の価値が変わりつつあるなかで、大学教育も転換を迫られています。働きながら学ぶ時代に、大学は何を教えるべきなのでしょうか。今回は、「知識を得る」よりも「つくる経験」の価値が高まるという可能性について考えます。
目次
- 学びながら学位を取得する時代へ
- 「知識を得る」より「つくる経験」の価値が高まる
- 大学は「つくる経験」を提供できるのか
学びながら学位を取得する時代へ
――大学進学と職業との結びつきが弱まるとすれば、大学そのもののあり方も変わっていくのでしょうか。
飯吉 私は、その可能性はかなり高いと思っています。
少し乱暴な言い方かもしれませんが、これからの大学は「贅沢な教育」になっていくかもしれません。現在のように、4年間フルタイムで大学に通い、キャンパスで学び続けるという形は、むしろ一部の人たちの選択肢になっていく可能性があります。
大学に4年間通うというのは、本来かなり高コストの選択です。学費だけでなく、生活費や時間も必要になります。これまでは、その投資に見合うだけの職業的な見返りが期待できたため、多くの人が大学進学を選択してきました。謂わば、学位が安定した職業への「切符」として機能してきたということになります。
しかし、AIによって職業構造が変化すると、その前提も変わります。大学卒業が安定した職業につながるという保障が弱まれば、多くの人は働きながら学ぶ、つまりよりオンデマンドな高等教育の形を選ぶようになるかもしれません。
たとえば、まずは比較的短期間で基礎的な学修を終え、その後は仕事を続けながら必要な学びを積み重ねていくという高等教育モデルが一般化する可能性があります。学位も、一定期間内に一括して取得する形だけではなく、学びを積み上げながら取得していく形も広がる可能性があります。
一方で、より高度な専門性を身につけたい人は大学院へ進むことになるでしょう。ただし、その大学院も現在とは性格が変わると思います。
――どのように変わるのでしょうか。
飯吉 実務経験を持つ人が学ぶ場としての性格が強くなると思います。
たとえば、アメリカのMBA (Master of Business Administration、経営学修士)は、もともと新卒者向けではなく、実務経験を積んだ人が学び直すための教育プログラムとして発展してきました。実際、多くのプログラムでは職務経験を有することが入学条件になっています。日本の大学院は新卒で進学するケースも少なくありませんが、欧米では職業経験を積んだ後に学び直す場として位置づけられることが多くあります。
今後はMBAだけでなく、さまざまな大学院教育がそうした方向へ向かう可能性があります。社会で働き、実務経験を積み、その経験を踏まえて改めて高度な学びに取り組む。大学院はそのような人たちを主な対象とする場になっていくかもしれません。
つまり、学部教育は基礎的な学びや教養教育を担い、大学院は実務経験を持つ人たちの高度な学修の場になる。AIによって産業構造や職業の種類や内容が変化していくなかで、このような役割分化が進み、高等教育全体が再構築されていく可能性があると思います。
「知識を得る」より「つくる経験」の価値が高まる
――では、AI時代にはどのような学びの価値が高まるのでしょうか。
飯吉 そのヒントの一つとして注目されているのが高専教育です。近年、日本でも高等専門学校、いわゆる高専への関心が高まっていますが、その背景にはAI時代の人材育成がどうあるべきかという問いもあると思います。
高専教育の特徴は、知識を得るだけではなく、実際にものをつくる経験まで学びに含めてしていることです。