トランプ大統領はイラン侵攻を2、3週間で終えられると甘く見ていましたが、ホルムズ海峡の事実上の封鎖などイラン側の強硬な抗戦で戦闘が長引き、石油価格高騰で世界経済全体が深刻な影響を受けています。しかし、彼は出口戦略もなく、袋小路に嵌っているようです。自らの威信を保つべく、4月1日に米国民向けのテレビ演説を行い、米国が軍事的に圧勝し、侵攻目的をほぼ達成し任務完遂間近だと主張する一方、イランの民間インフラを壊滅する総攻撃でイランを「石器時代に戻す」と予告しました。
その後SNSで、トランプは4月7日午後8時(米国東部標準時)までにイランがホルムズ海峡封鎖を解除しないなら、この総攻撃を実施すると恫喝し、7日朝には「今夜、一つの文明がまるごと滅び、二度と回復しない」と脅迫を極限まで高めました。ところが期限が満了する7日の夜に、突如、米国は2週間戦闘を停止し、その間に更なる停戦に向けての交渉をイランと行うと発表し、イラン側も一時的停戦と交渉に応じる姿勢を示しました。トランプは既に「米国が完勝した、100%だ」などと主張していますが、侵攻目的を何も実現しておらず、何が侵攻目的かもコロコロ変えており、この「米国完勝宣言」は、トランプ自身の「現実逃避」的願望思考にすぎません。今回はこの問題を考察します。
*今回、途中から有料記事になります。
目次
- トランプの狂気Ⅰ――規範的自制力喪失
- トランプの狂気Ⅱ――「代替的現実」への惑溺
- トランプの狂気Ⅲ――米国の脆弱性の隠蔽が生む自家撞着
- 「八方塞がり」からの逃げ道が見つからず、時間稼ぎに走るトランプ
トランプの狂気Ⅰ――規範的自制力喪失
トランプのテレビ演説で何よりもまず驚くべきことは、イラン政府が米国の要求に従わなければ、石油関連施設や橋など既に攻撃されている民間施設だけでなく、発電所・海水淡水化プラントなどライフ・ラインとなる民間インフラを壊滅させる総攻撃をして、イランを「石器時代に戻す」という恫喝を、彼が誰憚ることなくしている点です。
これは膨大な数の民間人を直接・間接に犠牲にする巨大な戦争犯罪の遂行によりイランという国そのもの(そしてその文明)を壊滅させるという恫喝に他なりません。開戦法規上、イラン侵攻は違法な米国の侵略であるという点は言うに及ばず、交戦法規上、このような戦争犯罪は絶対に許されません。犠牲にされるイランの民間人の多くはイラン神権体制を憎む人々――トランプが救済を標榜した人々――であるからだけでなく、親米専制君主のパーレビ国王を追放したイラン革命の大義を信じる体制派の人々も含めて、およそ民間人に対しては、無差別攻撃はされてはならないのです。「文明破壊」と呼ばれるような大規模攻撃は人道上の罪です。トランプの暴言には慣れたと言って、聞き捨てにしていい発言ではありません。
米国の大統領が、米国民だけでなく世界中の人々に届く公開の演説においてこのような無法かつ野蛮の極みというべき発言をして恥じないということは、我々人類が今後の世界秩序の在り方を考える上で、銘記すべき事実です。周知の通り、「国際法など無用だ、私を縛るのは私の良心、私の心だけだ」とトランプは言いましたが、その「良心」とは倫理的良心ではなく自分の心の赴くまま行動することを良しとする放縦性にすぎない。彼は国際法に縛られないどころか倫理にも縛られず、自己の欲動を規範によって統制することがそもそもできなくなっている。
こんな危険な人物が世界最強国家たる米国を支配し、その米国が力で国際秩序を崩壊させようとしている。米国人で初めてカトリック教会法王となったレオ14世がトランプの恫喝を厳しく批判しているのは、同じ米国人として座視できないという思いも当然あるでしょうが、法秩序の崩壊だけでなく、人道=道徳性の崩壊の危機をトランプの言動に見ているからでしょう。
演説動画

演説全文(日本語訳文・英語原文)

*上記演説前文冒頭のヘッドラインで日付が2025年4月1日となっている箇所があるが、これは2026年4月1日の誤記である。
トランプの狂気Ⅱ――「代替的現実」への惑溺
演説に示されるトランプの狂気は、規範的自制力の喪失にだけでなく、思考の倒錯性にあります。これは自画自賛的大言壮語に終始した19分間のスピーチが、あからさまな事実の捏造・歪曲の羅列から成る「代替的現実」への惑溺であった点、そして「代替的現実」の虚偽性を隠蔽しようとして根本的な自己矛盾に陥っている点に見られます。まず、前者から述べます。
トランプは、開戦後一ヶ月で米国がイランに「迅速で決定的かつ圧倒的な勝利」、「ほとんど誰も見たことのないような勝利」、「かつてないほど大きな勝利」を収めたと豪語し、他方、イランについては、「海軍も空軍も壊滅した」、「イスラム革命防衛隊の指揮統制は壊滅的打撃を受けた」、「ミサイルやドローンを発射する能力は大幅に制限された」、「兵器工場やロケット発射装置は粉々に破壊された」などとして、イランが軍事的抗戦能力を既に失ったかのように語っています。
これは戦況の現状を見るなら誰の目にも明らかな嘘で、イラン革命防衛隊の広報官が「もしイランの海軍力・空軍力が壊滅したというなら、誰がホルムズ海峡を封鎖しているのだ。火星人か? 水星人か?」とトランプを揶揄したことがその虚偽性を的確に示しています。
「海軍も空軍も壊滅した」と主張しながら、イランの強大な陸軍(約35万人)には一切触れず、さらに革命防衛隊の指揮命令系統に打撃を与えたと主張しながら、いまや分権化された分隊が自律的に実働できるようになっているこの組織の体制と兵力(約20万人)、さらに革命防衛隊傘下の民兵組織バシージの膨大な兵力(諸説あるが、最近の報道によれば約100万人)には一切触れていない。ここでも、トランプの嘘がバレてしまっています。
濃縮ウラン奪取や、分散・隠匿された核兵器開発施設の完全破壊など米国の最低限の軍事目的を完遂するためだけでも、少数の専門的特殊部隊では足りず、これを掩護する膨大な数の米兵を地上軍として派遣する必要がある。実は米国の地上軍派遣はイランの望むところです。イランは米国を地上戦に引きずり込んで、戦争を長期化させて米兵の犠牲を増大させ、米国民の厭戦感・反戦感を高めたいと狙っています。地上戦になった時に必要な強大な地上兵力をイランは温存している。
トランプが地上戦の準備をしているかに見せながら、イランへ派遣準備している海兵隊や陸軍空挺部隊などの地上戦兵力は数千人単位にすぎず、イランとの地上戦を本格的に戦える体制にはなっていない。本格的な地上戦に突入するのは、その軍事的コストの大きさとそれが含意する米国民の反発という政治的コストの大きさゆえに、トランプも躊躇っている。下手をすればヴェトナム戦争、アフガニスタン戦争、イラク戦争のような泥沼に嵌ることになる。さすがに、それはトランプも避けたいはずです。

トランプは、イランが温存している軍事力に触れないことで、この米国の、そして自己の弱みを隠そうとしていますが、子供の嘘のように、隠すことでかえってバレてしまっている。深刻なのは、彼は、バレてしまっていることが分からずに、こんな幼稚な嘘をついて得々としていることです。
トランプの「代替的現実」が隠蔽している米国の脆弱性は上記の点にとどまりません。また、米国の脆弱性の隠蔽がトランプ演説の根本的な自己矛盾を生みだしている。以下、この点を説明します。
