1940年代、米国では汎用デジタルコンピュータであるエニアックが誕生し、ウェブのブラウザのようなメメックスが構想されていました。昭和時代、日本でも技術と教育に関するユーモラスな絵が描かれたりします。今回は、時代の価値観が技術受容に与える影響の可能性を考えてみます。「25ドルでほぼ全員の成績が上昇、技術革新とは違う視点」につづく第5回。
目次
- デジタルコンピュータの黎明期
- 「コンピューター学校出現!!」
- 文化的価値観と技術受容
デジタルコンピュータの黎明期
1945年に米国で世界初の汎用デジタルコンピュータであるエニアック(ENIAC)が誕生しました。第二次世界大戦中から軍事目的、主に大砲の弾道計算のために開発が進められたことは有名な話です。
エニアックは約18,000本の真空管を使用し、重量は約30トン、電力消費量は150キロワットという巨大な装置でした。単純には比較できませんが、最新のスマートフォンはエニアックの数百万倍の計算能力を持っていると推定されるので、その技術の進歩と革新の速度には驚かされます。
同じ時期に、ハイパーメディア・ハイパーテキストの父と言われる米国の科学者ヴァネヴァー・ブッシュが、メメックス(MEMEX)という機械仕掛けで今のウェブのようなものを考えていました。すごいですよね。この歯車と糸のようなものでいったいどのようにして動くのだろうと個人的には興味深く、作ってみたい気持ちにすらなります。今のウェブのブラウザみたいに、基本的には情報を遷移しながら閲覧できるというものです。
メメックスは、マイクロフィルムを使った情報検索システムで、関連する情報同士をリンクで結びつける概念を提示していました。これは後にティム・バーナーズ=リーによって実現されるワールドワイドウェブの基本思想を40年以上先取りしたアイデアでした。科学者としてのブッシュの先見性は、単なる技術的な発想を超えて、人間の思考プロセスそのものを機械で拡張しようという壮大な構想だったのです。
「コンピューター学校出現!!」
次は1969年の日本の「コンピューター学校出現!!」(小松崎茂 画)という絵です。僕は小学校の頃に「小学◯年生」のような少年雑誌などで、こういう未来の社会や学校などの絵をよく見たのを覚えています。すでに55年近く経っているのですが、かなり当たっている部分もあります。
例えば、この絵でスクリーンのなかに先生がいるというのは、遠隔授業やオンデマンド動画かもしれません。1人1台の端末はGIGAスクール構想の取り組みの先取りと言えます。ただ当時は、端末が独立したデスクトップコンピュータではなかったので、生徒たちが使っている端末は、全て壁際にぎっしり詰まった大型コンピュータに接続されていると思われます。
文化的価値観と技術受容
特に注目すべきは、この絵が描かれた1969年という時代背景です。インターネットの前身であるアーパネット(ARPANET)がまだ実験段階だった時期ということで、すでに個人用端末とネットワーク接続による教育システムが想像されていたのです。現在のオンライン学習プラットフォームやMOOCs(大規模公開オンライン講座)の普及を考えると、その予見性の高さに驚かされます。