ウクライナ侵攻の理由をめぐり、NATO東進帰責論に代わって西側で受け入れられたのが「新ロシア帝国主義論」です。その思想的背景にあるネオ・ユーラシアニズムとは何か。そして、この理論はプーチンの真の動機をどこまで説明できるのか。ソ連崩壊後に復活した宗教的・文明的イデオロギーの実態と、それをめぐる議論を検証します。第2回「プーチンが仕掛けた軍事侵攻の系譜」に続く第3回。※今回、途中から有料となります。
目次
- 新ロシア帝国主義の看板イデオロギーとしてのネオ・ユーラシアニズム
- 新ロシア帝国主義論の妥当性と限界
新ロシア帝国主義の看板イデオロギーとしてのネオ・ユーラシアニズム
では、なぜプーチンはウクライナに侵攻したのか。NATO東進帰責論(「NATOの東方拡大がロシアを追い詰めたため、プーチンは防衛的に行動した」とする議論)が誤りという認識が広がるなか、西側で新たに受け入れられたのが「新ロシア帝国主義論」と呼ぶべき見解です。
これは、ロシアがピョートル大帝(ピョートル1世:在位1682年~1725年)の時代のようなユーラシアの覇者としての帝国を目指しているという見方です(プーチンが執務室にピョートル大帝の肖像画を飾っていたのは有名な話です)。ただ、ピョートル大帝はロシアの近代化のために、欧州諸国から知識を積極的に吸収しようとしましたが、新ロシア帝国主義のイデオロギー的基礎には「ネオ・ユーラシアニズム」と呼ばれる西側世界と対抗する思想があると言われます。
そもそも「ユーラシアニズム」はロシア革命前の帝政時代から存在する思想です。その核心は、ロシア正教を精神の基盤として、ロシア民族がユーラシア大陸全体を支配する帝国を建設し、自由主義やこれと妥協した西方キリスト教会のような退廃的な西側思想の影響から欧州を解放することこそがロシアの歴史的・文明的使命であるというものです。
ピョートル大帝以来、ロシアは、「欧州に追い付き追い越せ」と欧州の科学技術の吸収に努めましたが、その反面で、自らの精神的自尊の基盤として、ロシア固有のアイデンティティとなる思想が欲しかったのでしょう。明治以来の近代化過程で「欧米に追い付き追い越せ」と猛進した日本において、「和魂洋才」の思想が広がったのとパラレルな面もありそうです。
ただし、かつてのユーラシアニズムは反共産主義的でした。共産主義はユダヤ人であるマルクスによる西洋由来の思想であると見なされたからです。そのため、ソ連体制下ではユーラシアニズムは弾圧されていたわけです。
しかし、ソ連崩壊後、社会主義イデオロギーの喪失によってロシアの人々の心に生まれた精神的空虚感を埋める思想として、ユーラシアニズムが復活し、これがネオ・ユーラシアニズムと呼ばれるようになりました。この時期、ロシアでは様々なカルトが広がっており、オウム真理教がロシアに浸透したのもこの背景によります。ネオ・ユーラシアニズムはそうした精神的空白を満たす役割を果たしたのです。