昨年、長崎の原爆記念日の招待国問題をきっかけにして、原爆言説の欺瞞を批判する三つの私信を友人たちに送りました。それを私がいまだ知らない人々とも共有できるよう再提示することでこのニュースレターを始めています。「第1信 長崎市「原爆の日」招待国問題」「第2信 日本の「核兵器反対大義」の歪み」に続いて、今回は第3信をお届けします。
目次
- 第3信 米国の「原爆正史」の呪縛力(2024年9月14日発信)
「原爆を投下されたから日本は降伏し、戦争が終わった」?
日本が降伏した真の理由
米国の原爆使用の真の動機
なぜ、あの戦争は終わったか
原爆の破壊力を実証する実験台
第3信 米国の「原爆正史」の呪縛力(2024年9月14日発信)
「原爆を投下されたから日本は降伏し、戦争が終わった」?
長崎原爆式典問題に関する所感をお送りして既に1ヵ月が経ちました。
現役新聞記者の友人と「八月ジャーナリズム」の歪みをめぐる議論をし、毎年8月に議論を花火のようにあげておしまいにする戦後日本の悪習から脱却する必要を確認しあいました。
9月初めに別の友人が私の「八月メール」にコメントを送ってくれました。
本人は遅れ馳せのコメントとされていますが、熟慮されたからこその遅れだと思います。
それに対して、私も私見を補足する応答を送りました。
その内容は、皆さまにも共有していただきたいものなので、多少補正の上、追伸として送らせていただきます。
日本人が原爆を二度も投下した米国に本気になって怒らず、「死が天から降って来た」というオバマを賞賛してしまうのは、日米安保体制下で軍事的属国に甘んじているからということもありますが、「原爆を投下されたから日本は降伏し、戦争が終わった」という米国の「原爆正史」のナラティヴを、日本人の多くがいまだに受け入れているからではないかと私は思います。
原爆投下命令を出したトルーマン大統領は、原爆投下のおかげで日本人が執拗な抵抗をあきらめ、その結果、100万人もの米兵の生命が救われただけでなく、多くの日本兵と日本国民の追加的犠牲が避けられたと言って、原爆投下を正当化しています。
しかし、すべての「正史」と同様、この物語は勝者の自己合理化イデオロギーで、控えめに言っても、根拠なき「後付け講釈」、はっきり言えばフェイクです。
回避できた米兵の犠牲は当初、数万と言われていたのが、数十万、百万と段々誇張されていったということもありますが、もっと本質的な問題は、米国の原爆使用の真の動機と日本が降伏した真の理由をごまかしていることです。
日本が降伏した真の理由
日本の真の降伏理由は、原爆投下ではなく、8月8日にソ連が日ソ不可侵条約の破棄を通告し、9日にソ連軍が対日戦線に参戦したことです。
広島と長崎の原爆投下の死者数は原爆症によるその後の死者も含めた累積数はそれぞれ14万人、7万人となっていますが、投下時点での死者数は確認されたところで数万単位でした。
東京大空襲など一晩で10万人が死んでおり、大阪でも1945年6月から8月にかけて続いた空襲で10万人以上が死にました。
横浜、神戸など他の大都市でも、さらには地方の中小都市まで、網羅的に無差別空襲され、膨大な民間人被害を出していました。
壮大な被害をもたらしたこのような都市大空襲が頻繁にあちこちでなされていたにも拘らず、日本は降伏しませんでした。
日本にとって、原爆は強力な新型爆弾であるとはいえ、放射能被害の恐怖はまだよく知られておらず、人的被害の規模では、それまで経験してきた大空襲の一つと受け止められていました。
ポツダム宣言受諾を日本が引き延ばしていたのは、日本がヤルタ会談での英米とソ連の密約(ドイツ敗戦後90日後にソ連が日ソ不可侵条約を破棄して対日参戦するという密約)を知らず、日本に有利な降伏条件を加えられるようソ連に対英米交渉の仲介を求めていたからです。ソ連は密約通り、しかし日本にとっては晴天の霹靂で、8月9日に参戦し、日本の最後の「望み」を絶ち切りました。
たまたま長崎への原爆投下の日と重なりましたが、このソ連の対日参戦で最後の望みを断ち切られたため、日本政府はポツダム宣言受諾を決断したというのが、現在では、歴史学的に確立した認識です。
米国の原爆使用の真の動機
他方、米国が原爆を使用したのは、日本の降伏を早めるためではありません。
既に日本本土の制空権を完全に米軍は把握しており、いざとなったら原爆など使わずに首都完全壊滅という最後の止めをさす大空襲の脅しで無条件降伏を迫ることができたばかりか、ヤルタ会談の密約でソ連参戦という日本の望みを断ち切るカードが使えることも分かっていました。
米国が原爆を使用したのは二つの理由によります。
第一に、マンハッタン計画で膨大な予算を使って原爆を開発した以上、大統領府と米軍は、米国議会に対して、この膨大な軍事費投入に見合うだけの米国の軍事力強化のメリットをもつことを証明する必要があった。
原爆の威力を示して日本を恫喝するというだけなら、広島に一発落とせば十分と思われるのに、わざわざ広島と長崎に二発も原爆を投下したのも、広島はウラン型爆弾、長崎はプルトニウム型爆弾で、この二種の原爆の破壊力をそれぞれ「実証」する必要があったからです。
第二に、第二次大戦が終了した後は、「ファシズムとの戦い」に代わって、「ソ連の共産主義勢力との戦い」が始まることを米国は既に想定しており、ソ連を威嚇するために、原爆の威力を見せつける必要があったからです。
さらに言えば、米国は、ソ連が対日参戦すれば日本は降伏するだろうから、原爆使用を正当化する理由がなくなることを自覚しており、ソ連参戦直前までに原爆投下できるよう急いだということです。
なぜ、あの戦争は終わったか
以上のような日本の降伏の真の理由、米国の原爆投下の真の理由は、歴史学的には既に十分検証されていますが、米国がそれを隠して、「原爆が戦争を終わらせた」という虚構的正史の物語を繰り返し唱え続けているだけでなく、日本もこの物語をいまだに信じ続けている人々が核兵器反対派にも多い。
例えば、「昭和天皇がもっと早く降伏を決断していれば、原爆の被害を避けることができた」と主張する人々が昭和天皇批判者の中にも多くいますが、これは、原爆なくしては日本を降伏に追い込むことはできなかったという米国の物語をそのまま反復しています。
戦後の日本人が、「戦争を終わらせるには原爆投下が必要だった」という米国「原爆正史」の嘘をきっぱりと否定できず、その欺瞞に引きずられていることが、今回の長崎原爆式典問題で露わになった日本人の「核兵器反対大義」の欺瞞性の原因になっていると思います。
原爆使用正当化物語が強固に支配する米国でさえ、一握りとはいえ、オリバー・ストーンのようにこの物語の嘘を暴くドキュメンタリーを制作する者がいます。
しかし、日本で毎年8月に流される戦争回顧ドキュメンタリーで、この物語をきっちり批判的に検証した作品を見た覚えがありません。
「なぜ日本はあの愚かな戦争を始めてしまったか」を検証する作品は一杯ありますが、「なぜ、あの戦争は終わったか」を客観的に再検証する作品はまだほとんどないのではないでしょうか。
昭和天皇の玉音放送を妨害しようとする軍人の最後のあがきへの対処など、「いかに終わったか」についてのドキュメンタリーはありますが、「なぜ終わったか」を検証する作品は寡聞にして知りません。
これは私の無知の問題で、いやこういう作品が日本でもあるよとご存知の方は教えてください。
原爆の破壊力を実証する実験台
ただ、この8月にNHKスペシャルで、原爆投下の時、広島赤十字病院の院長として被爆し、救護やその後の復興に携わった竹内釼医師の手記を基に、原爆投下直後の広島の状況を検証したドキュメンタリー番組が放映されましたが、これは米国の原爆投下の動機を間接的に示唆する内容を含んでいます。
施設だけでなく医師・看護師の多くも被害を受けた広島赤十字病院が、少ない人手と乏しい医薬品で被災者の看護を必死でやる中、竹内院長は政府とGHQに援助を求めました。
GHQはトラック何台かに医薬品を積んで送ってきました。
しかし、これは、原爆の破壊効果を検証するための米国の専門家チームを、医療救援物資供給チームと偽装して派遣するためでした。
こういう偽装をしないと、怨念をもつ被災者からの反抗に曝されることを米国が恐れたための工作でした。
専門家チームは必要な実地検分とデータ収集を終えると、さっさと広島を去りました。
この時送られた医薬品はすぐになくなり、その後、広島赤十字病院は追加供給を求めましたが、GHQ・米国はこれに応じませんでした。
米国が米軍兵士だけでなく、日本民間人の追加的犠牲を最小化するために原爆を使用したというなら、被爆者たちのための医薬品供給を持続的にしたはずでしょう。
原爆の破壊効果について必要なデータを収集したら、それでおしまいにするというのは、米国の原爆投下の理由が、原爆の破壊力を実証する実験台として日本を使ったということの証拠だと思います。
こういう言い方はしたくないですが、広島・長崎の被爆者たちは、生体実験のモルモットのように扱われたのです。
トルーマンは原爆は「獣的に残忍な武器(beastly weapon)」だが、ジャップは「獣(beast)」だから使っていいと言ったといわれます。
この真偽は別としても、日本人が原爆の威力を実証するためのモルモットにされたことは事実でしょう。
米国人が米国の「原爆正史」の嘘臭さを勘づきながらも、自らの良心の呵責を除去するために、この正史にすがる心理は賛成できなくとも「理解」できます。
しかし、日本人がこの米国の原爆正史に引きずられ、オバマの欺瞞や、長崎原爆式典を欠席した駐日米国大使の驕慢に腹を立てないのは、理解できません。
前のメールで触れた森有正の「三個目の原爆は何処に落ちると思う」という問いへのフランス人女性の応答に、私は単なる皮肉以上のリアリティを感じています。
「それは決まっているじゃない、日本よ。だって二度も原爆落とされたのに本気で怒らないんだから」
まとめ・次回予告
昨年9月14日、長崎市「原爆の日」招待国問題に関して、友人たちへの私信で述べたコメントでした。次回以降、新しいテーマで発信を続けていきます。