この数十年の間に、生成AIを含めて新しいテクノロジーが次々と登場し、さまざまな教育の場で使われるようになってきました。

このような時代には、たんにテクノロジーを教育現場に取り入れるだけでは十分でありません。個人や社会が直面している多様な課題、とりわけ環境の違いによる学習・教育の格差に向き合い、テクノロジーと方法を上手く組み合わせながら、その格差を乗り越えていくことが求められています。

世界と日本における学習・教育の格差の現状を見つつ、これまでのコンピュータを使った歴史も踏まえたうえで、私たちは未来に向けてどう取り組んでいけばよいか。

「学びと教えのイノベーションを展望する」という連載では、この問いに対する重要なポイントについて考えていきます。(編集部)


目次

  • オープンエデュケーションという考え方の提唱
  • 学生の視点から見た格差の変化
  • 「自分しだい」の時代への洞察

オープンエデュケーションという考え方

生成AIをはじめ、新しいテクノロジーやツール、プラットフォームが次々と登場し、さまざまな教育と学習の現場で使われてきています。今後も技術の進歩は絶え間なく続き、そのスピードもより加速していくことが予想されます。

こうした技術の登場には、「明日は今日より良い世界に」という思いが背景にあると思われます。教育に関して言えば、インターネット等を通じて、教材・教育ツールや学ぶ機会をオープンにしてみんなでシェアしていけば、誰もが自由に学ぶことができるようになる。そうすることでより多くの人が学び育ち、社会が豊かになり、世界がより良くなるというのが「オープンエデュケーション」の考え方です。

僕は、アメリカ在住時代も含めもう30年近くの間、このオープンエデュケーションを主唱し、教育がそのような方向に発展していくことを願いつつ、自らも幾つかの研究開発プロジェクト等を通じ力を注いできました。

10年ほど前、「オープンエデュケーションが変える日本の大学教育」というタイトルで講演をしたことがありました。そこで特に強調したのが、僕が勝手に名付けた「格差を乗り越える仕組みとしてのオープン教育」という考え方です。

「格差」は多様に存在しています。格差自体をなくそうとするのは、もちろん大事です。でも、教育はあらゆる問題と関わっているので、すべての格差をなくすのはすぐには難しい。だからまず教育が目指すべきは、「格差がある世界のなかで、それをどうやって乗り越えていくか」ということです。

学生の視点から見た格差の変化

これは2010年の梅田望夫さんと僕の共著『ウェブで学ぶ』の中の話ですが、経済格差、地域格差、生活環境や能力の格差について触れた部分があります。

「教育機会の平等」を実現するためには、経済的格差、地域格差、個人の生活環境や能力の格差など、様々な格差を乗り越えていく必要があります。もちろん、より多くの人々がより幸福に充実して生きられる社会をつくるための一つの手立てとして、これらの格差自体を解消したり縮めていく努力が必要であることは論を待ちません。梅田望夫/飯吉透『ウェブで学ぶ――オープンエデュケーションと知の革命』(ちくま新書、2010年)

ここでいう格差は、国内格差とグローバル格差の両方を指しています。こういった格差を乗り越えていくことが大事なのです。教育には格差を縮める力もありますが、やはり乗り越えることも大切。この本では、国内の格差を解消することが、ゆくゆくはグローバルな格差の解消にもつながると主張しました。

当時、この『ウェブで学ぶ』には様々な反響があり、多くの大学の先生方が教材として使ってくださいました。この本をもとにして、関西大学の久保田賢一先生のゼミで学生と議論されていた報告を偶然ネットで見つけました。

当時の学生Mさん(現在は社会人でしょう)の発言を引用すると、オレンジの部分で「インターネットがあるからこそ、[…]学びたい気持ちとやる気さえあれば、どこでも意欲的に学ぶことができるという環境が整えられていっている」と述べています。

ウェブが世界中に広まっていき、インターネットにアクセスできるという状況ならば、誰もが瞬時に情報を得ることができるという便利な社会になり、今や、インターネットは、我々の生活に欠かせないものになりました。それは、物心ついた時からインターネットが存在していた時代に生まれた私が、インターネットにアクセスできない世界など想像できないと感じることからもわかります。そんな世の中に定着しているインターネットがあるからこそ、それを教育にいかし、学びたいという気持ちとやる気さえあれば、どこでも意欲的に学ぶことができるという環境が整えられていっているのだなと感じました。これは「学ぶ」ことにおいて、貧富の格差や地域の格差などの障害が取り除かれるということで、つまりは、これからの時代は、「やる気」によって格差が生まれてくることになるのでしょう。M さん(関西大学・久保田賢一ゼミブログより引用)

ただ、もっと大事なのは赤色の部分です。「「学ぶ」ことにおいて、貧富の差や地域の格差を取り除かれるということで、[…]これからの時代は、「やる気」によって格差が生まれてくる」という危機感を感じていた。つまり、さまざまな格差が越えられたときに、結局は自分しだいだということを、当時の大学生がすでに自覚していたのです。

「自分しだい」の時代へ

この本が出た当時、サラリーマンでITエンジニアをやりながら趣味の域を超えた素晴らしい漫画を描かれる勢川びきさんという方が、この4コマ漫画を描いてくださいました。

「自分の子どもの頃はウェブなんてなかったけど、今の子どもたちはいろいろ学べていいな。でも、たぶん自分が今の時代に生まれても、ゲームとかで遊んでしまって、なかなか学ぶ方向にはいかないんじゃないか」ということを、非常にウィットに富んだ形で表現していただき感銘しました。

これも先ほどのMさんが言われた「自分しだい」ということを別の角度から言ってくれていると思います。


まとめ・次回予告
オープンエデュケーションは、テクノロジーを用いて格差を乗り越える可能性を示しています。しかし、同時に「やる気しだい」という新しい問題を生み出すため、技術の活用だけでなく、学習意欲を支える仕組みが必要になります。

次回は、コロナ禍でオンライン学習が普及した中、デジタル環境や経済状況による教育格差が浮き彫りになった現実を検証します。