前回配信記事で、国旗損壊罪法の違憲性と、その擁護論の倒錯性を論じました。そこでは触れませんでしたが、国旗・国歌法制定以降の日本政治の展開過程に本法を位置付けた上で、その意義をさらに解明することも必要なので、この続編で敷衍します。*今回、最終節は有料記事です。
目次
- 「国旗・国歌法制化」の時代状況――小渕恵三首相の答弁
- 権力の詐術――国旗・国歌の強制を否定しつつ、強制の導入・拡大の抜け穴をあける
- 都立高校の抵抗と挫折――国立(くにたち)高校の場合
「国旗・国歌法制化」の時代状況――小渕恵三首相の答弁
国旗損壊罪法は、何が日本の国旗かが法的に確定していることを前提しています。「日の丸が国旗で、君が代が国歌だ」ということを私たちはいま自明視していますが、日本では、戦前戦後を通じて、長きにわたり「日の丸=国旗、君が代=国歌」という公式は事実たる慣習に過ぎず、法的に定められてはいませんでした。これが法的に規定されたのは、戦後半世紀以上たった1999年に、小渕恵三政権下で制定された「国旗及び国歌に関する法律」(通称、国旗・国歌法)によってです。本法は「国旗は、日章旗とする」「国歌は、君が代とする」という定義と、日章旗の制式、君が代の歌詞・楽曲を示しただけの簡潔な法律です。
戦後半世紀以上、国旗・国歌法が制定されなかったのは、「日の丸」・「君が代」を戦前の神権天皇制と軍国主義を象徴するものとみなして反発する世論が強かったからです。1999年に本法が制定されたのは、このような反発が弱まったと当時の政権が判断したからですが、それでも、自発的に国旗を掲揚し国歌を歌うことは厭わないが、国旗掲揚・国歌斉唱を刑罰などの制裁で強制されることには反対という声はなお強かった。小渕首相(当時)は、そのような抵抗感を考慮し、本法案を審議した1999年6月29日の衆議院本会議において、本法が国旗・国歌の強制に導くのではないかという志位和夫日本共産党書記局長(当時)の質問に対し、次のように答弁しました(国会会議録より該当箇所を抜粋)。
教職員や子供たちにも国旗の掲揚等を義務づけはできないのではないかとのお尋ねでありますが、国旗・国歌等、学校教育において指導すべき内容は学習指導要領において定めることとされており、各学校はこれに基づいて児童生徒を指導すべき責務を負うものであります。
教育基本法の原則についてでありますが、教育基本法は、日本国憲法の精神にのっとり、教育の目的を明示したものであり、学校教育における国旗・国歌に関する指導は、教育基本法の精神を受けて定められている学習指導要領に基づき、国民として必要な基礎的、基本的な内容を身につけるため行われるものであり、これは児童生徒の思想、良心を制約しようとするものではありません。
国旗及び国歌の強制についてお尋ねがありましたが、政府といたしましては、国旗・国歌の法制化に当たり、国旗の掲揚に関し義務づけなどを行うことは考えておりません。したがって、現行の運用に変更が生ずることにはならないと考えております。
この小渕答弁は、「国旗の掲揚に関し義務付けなどを行うことは考えておりません」と明言し、さらに、「日本国憲法の精神にのっとり」とか、「児童生徒の思想、良心を制約しようとするものではありません」と述べており、日本国憲法が保障する基本的人権を侵害するような仕方で国旗・国歌を強制することはしないと言っているように聞こえます。世論の不安を和らげて法案を通そうとする姿勢が見えますが、注意深く検討するなら、隠された政府の「深謀遠慮」が浮かび上がります。
権力の詐術――国旗・国歌の強制を否定しつつ、強制の導入・拡大の抜け穴をあける
「深謀遠慮」というのは、小渕答弁において、国旗・国歌の強制は建前上否定されているように見えながら、それを許す抜け穴が色々と用意されていたことです。
原理的な問題をまず指摘します。日本国憲法はすべての法律に優越しそれを制約する最高法規であるにもかかわらず、小渕答弁では、「教育基本法が日本国憲法の精神にのっとることを教育目的にかかげているから、教育現場では教育基本法の規定に沿うように日本国憲法を尊重する」という姿勢、すなわち、憲法に適合するように法律を制定し解釈運用するのではなく、法律に適合するように憲法を解釈運用するという逆立ちした姿勢がとられています。これは憲法の規範的統制力を骨抜きにするもので、このことは具体的に以下のような点に現れています。
第一に、小渕答弁は「教職員や子供たちにも国旗の掲揚等を義務づけはできないのではないか」という志位質問に答えるとしながら、「児童生徒の思想、良心を制約しない」とするだけで、教職員に対して、その思想良心の自由や表現の自由という基本的人権を侵害するような国旗・国歌に関する強制をするのか否かについては答えておらず、教職員に対する強制の道を開いています。それを裏付けるかのように、1999年8月2日の参議院国旗・国歌特別委員会で、当時の文部省教育助成局長は教職員が思想良心の自由を理由に国旗・国歌の指導を拒否することは公務員の職務執行義務に反し許されないと述べました。
実際、国旗・国歌強制の標的にされたのは、公立学校の教職員でした。2003年10月23日に、当時の東京都知事石原慎太郎は、東京都教育委員会をして、都立学校の教職員に入学式・卒業式での「日の丸・君が代」を強制する通達(10・23通達)を発出させ、従わない教職員を懲戒処分しました。石原都政後も処分は続き、通達後20年間で処分された教職員は484人に達しています。

東京だけでなく、全国の自治体の公立学校において、国旗・国歌に関する職務命令違反による教職員処分は急増し、一年で200人以上処分された年もありましたが、2008年から減少傾向になり、2016年には2人(東京と大阪で各1人)、ピーク時の100分の1以下になりました。言うまでもありませんが、処分する当局が甘くなったのではなく、職務命令違反者がほとんどいなくなったのです。

公務員としての教職員は思想良心の自由を制約されていいなどというのは、「党派対立を越えて国民全体に奉仕する公務員の職責」を「時の政府を支配する特定の党派・為政者の思想への追従」にすり替える暴論です(政府とは中央政府・地方政府双方を含みます)。さらに、時の権力者の思想に適った特定の愛国教育を子供に行うことを教職員に強制するのは、教職員の思想良心の自由の侵害であるだけでなく、指導される子供の思想良心の自由の侵害でもあり、「子供の思想良心を制約しない」という小渕答弁とも矛盾します。
もっと言えば、時の権力者の従僕にされた教員が、自由の何たるかを子供に教えられるはずがありません。処分を恐れて「国旗掲揚、国歌斉唱」と式典で生徒に指示する教員の姿から子供が学ぶのは、せいぜい、「うまく世間を渡りたければ、長いものには巻かれろ」と言う処世訓でしょう。
第二に、国旗・国歌をめぐる強制は、国旗掲揚・国歌斉唱というような「作為の強制」だけでなく、政府を批判する象徴的表現としての国旗損壊の禁止という「不作為の強制」も含みます。小渕答弁では、この不作為の強制については触れられておらず、触れられないことによって許容されています。今般の国旗損壊罪法の成立は、まさにこの大きな抜け穴を政府がくぐって実現したものです。

国旗損壊罪法そのものの問題点は前回配信記事で詳述したので、それをご参照ください。ここでは、「国旗・国歌を強制しない、憲法は尊重する」という触れ込みで国旗・国歌法が1999年に成立した後、四半世紀の間に、学校教育現場での教職員の累積的な大量処分を経て、ついには政治的異議申し立てをする象徴的表現の自由という民主主義に不可欠な市民的自由の侵害にまで日本政治が突き進んできたこと、この日本政治の専制化過程自体の危険性に警鐘を鳴らしたいと思います。
政治的自由を一挙に叩き潰そうとする暴政には、多くの人々が断固として闘う姿勢を示すでしょう。しかし、柔和な顔をして、じわじわと隠微に自由を侵食する権力の詐術に対しては、私たちは抵抗することを忘れやすい。気付いたら、抵抗し難い専制権力の前に跪かされていることになりかねません。カエルは熱湯に放り込まれたら、飛び出すけれど、ゆっくり加熱される水の中に置かれると脅威に気付かず、茹で死にするという寓話、私にはいまの日本にとってリアルな教訓であると思えます。
「茹で死にカエル」の比喩はともあれ、人間はじわじわと浸透する権力の強制には慣れやすい動物です。国旗・国歌法制定から現在までの四半世紀の日本政治の進行過程はこのことを不気味な仕方で示しています。国旗・国歌問題が示す以上のような「自由の脆弱性」を私が実感した個人的な経験があります。私事に亘り、恐縮ですが、私見の例証の一つとして、最終節で付記したいと思います。
