今年も8月6日に広島で、9日に長崎で、原爆犠牲者を慰霊し平和を祈念する式典が開かれました。しかし、その祈りを込めた「平和の鐘」の音をかき消すように、軍神アーレスが打ち鳴らす「戦場の銅鑼」(戦鐘)が世界に響き渡っています。しかも、この戦鐘の響きには核兵器不拡散体制の瓦解音が混じっています。

2月下旬に始まったイラン侵攻は、当初から私がそう呼ぶべきだと言ったように、まさに「新たな湾岸戦争」となりました(3月10日配信記事参照)。湾岸諸国を巻き込み世界経済を大混乱に陥れているこの戦争が、この不吉な瓦解音の主要な音源になっています。

6月17日に、米国とイランは了解覚書(MOU)を交わし、60日間の一時停戦に入りましたが、6月27日配信記事のまえがきで、「覚書内容の解釈において両国政府の間にずれがあるだけでなく、核問題など肝要な係争点について『懸案先送り』で、安定的な和平合意の成立を保証するものは見当たりません」と私は述べました。懸念した通り、60日の期限満了を待たず、数週間で停戦合意は事実上破綻しました。米国トランプ政権は出口戦略がないまま「恫喝してはタコる」――「タコる」の意味については、4月13日5月30日の配信記事参照――のドタバタを続けるばかりか、イラン侵攻の「大義名分」だったはずの核兵器不拡散体制保持という目的を自ら掘り崩す愚行を続けています。

日本が「原爆の夏」を迎えているいま、この問題に即して、暫し中断していたイラン侵攻論の第7篇をお届けします。*今回、途中から有料記事になります。


目次

  • 核兵器不拡散条約の基本構造――その正統性と実効性の条件
  • 核保有国の軍事的非核化努力なきNPTは、核拡散推進装置に転化する
  • 「核廃絶の夢」に対する核保有国の裏切り
  • イラン侵攻は核抑止力依存を増強する――失策を上塗りするトランプの愚行

核兵器不拡散条約の基本構造――その正統性と実効性の条件

核兵器不拡散条約(Treaty on the Non-Proliferation of Nuclear Weapons)――以下、慣例に従い、NPTと略記――は、国連加盟国とほぼ同数の191ヵ国が締約国になっているグローバルな条約体制です。非締約国は、インド、パキスタン、イスラエル、南スーダンの4ヵ国で、北朝鮮は締約国でしたが、2003年に脱退しました。核兵器保有国について言えば、国連常任理事国である米・英・仏・中・露は加盟していますが、インド、パキスタン、北朝鮮は現時点で加盟しておらず、核兵器保有を認めていないものの保有が公然たる秘密となっているイスラエルも加盟していません。中東諸国について言えば、イスラエル以外は、イランも含めて加盟国です。

NPTは核兵器について「持てる国(haves)」と「持たざる国(have-nots)」とを線引きし、非核保有国に核兵器の開発・保有を禁じる一方、核保有国の既得権を少なくとも当分の間は承認するものです(1970年のNPT発効から既に半世紀以上経ったいまも、核保有国の既得権は存続し、「当分の間」は「永続的に」になりそうですが)。NPTの実質は、「核兵器を既に保有している国は保有していいが、他の国は保有するな」というもので、核保有国のエゴを剥き出しにした条約に思えますが、非核保有国にその正統性を承認してもらうために、二つの条件を設定しています。

第一に、非核保有国も原子力発電など「核の平和利用」への権利を承認され、さらに核保有国から平和利用に関する研究開発のための情報的・技術的支援を受けることができます。ただし、支援された研究開発が平和利用目的に限定されていることを保障するために、国際原子力機関(International Atomic Energy Agency、IAEAと略記)の査察を受けなければなりません(NPT第3条~第5条)。

第二に、核保有国は国連憲章に反するような他国に対する武力(核兵器を含む)による威嚇やその行使を禁じられるのは無論のこと、核軍縮・核兵器廃絶に向けて真剣に努力する義務を負います。NPTは前文で、「この条約を締結する国(以下、「締約国」という。)は……核軍備競争の停止をできる限り早期に達成し、及び核軍備の縮小の方向で効果的な措置をとる意図を有し、……厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約に基づき核兵器の製造を停止し、貯蔵されたすべての核兵器を廃棄し、並びに諸国の軍備から核兵器及びその運搬手段を除去することを容易にするため、国際間の緊張の緩和及び諸国間の信頼の強化を促進することを希望し……」と述べた上で、第6条で「各締約国は、核軍備競争の早期の停止及び核軍備の縮小に関する効果的措置につき、並びに、厳重かつ効果的な国際管理の下における全面的かつ完全な軍備縮小に関する条約について、誠実に交渉を行うことを約束する」と定めています(太字による強調は井上)。

第一条件を「(非核保有国への)平和的核支援」、第二条件を「(核保有国の)軍事的非核化」と呼ぶことにします。核保有国に軍事的非核化への努力を要請する上記のNPTの規定、特に太字で強調された部分を見るなら、NPTが核保有国に課す責務は建前としてはかなり重いと感じられます。

このくらいの建前を掲げないと、NPTが核保有国の「核の既得権・独占権益」の隠れ蓑だという批判を免れません。実際、NPTの正統性を担保し、その実効性を確保する上で決定的に重要なのは核保有国の軍事的非核化条件です。この点を次に説明します。

核保有国の軍事的非核化努力なきNPTは、核拡散推進装置に転化する

軍事的非核化条件について、まず、用語上の注記をしておきます。NPTは非核保有国固有の権利義務について触れるときには「非核兵器国(non-nuclear-weapon States)」という語を使いますが、核兵器保有国を念頭に置いた義務に関しては「すべての締約国(all the Parties to the Treaty)」とか「各締約国(each Party to the Treaty)」とかを主語にして、中心的責任主体をぼかしています。核軍備の縮小廃絶については、非核保有国も協力義務を負いますが、主たる責任が核保有国にあるのは言うまでもありません。この「主語のぼかし」は核保有国の「逃げの姿勢」をほのめかしていると言えるかもしれません。

またNPTの文言の内の「全面的かつ完全なる軍備縮小」という語句は、日本政府の公式訳文によっています。しかし、「軍備縮小」という名詞と「全面的かつ完全なる」という形容詞は結合すると「形容矛盾」になります。核軍備の「縮小」は減るだけでゼロにはならないという意味があり、「全面的かつ完全なる」は「ゼロにする、無くする」を意味しますから。NPT英語正文の語はgeneral and complete disarmamentで、disarmamentは軍縮だけでなく武装解除も含みますから、「全面的かつ完全なる核武装解除」と訳すべきでしょう。

形容矛盾にかまわず「縮小」という語に拘ったのは、日米安保条約で「米国の核の傘」の下にいる日本の米国への「忖度」と、「唯一の被爆国として核兵器に反対」と公言しながら、「米国の核の傘がなくなると困る」と本音では思っている日本政府の欺瞞によるのかもしれません。

本題に入ります。平和的核支援条件は、非核保有国にNPT参加へのインセンティヴを与えるためのアメという側面があります。しかし、それだけでは、NPTの正統性と実効性を確保するのに十分ではありません。核保有国が軍事的非核化努力を真摯に持続してこそ、非核保有国は自らの核武装化を放棄し、核開発研究を平和利用に限定する利害動機をもつことができるのです。

逆に、核保有国が軍事的非核化努力を放棄するなら、非核保有国は、平和的核支援で得たアメを利用して、「核の平和利用」の名目の下に、核兵器開発能力を高めるための隠蔽工作をするインセンティヴをもつことになるでしょう。核保有国が核軍備を減らすどころか維持増強しているのに、なぜ、非核保有国が核武装を自粛して核保有国による軍事的支配に屈従し続けなければならないのか、と思うのは当然でしょう。

イランが、NPTで保障された非核保有国の「核の平和利用への権利」を大義名分にして、平和利用には不必要なまでにウラン濃縮を進めたのはその典型例です。核保有国が軍事的非核化に向けて真摯な努力をすることが、非核保有国がNPTを真面目に受け止め、核不拡散体制に実効性を与える上でも必要不可欠なのです。

さらに言えば、真摯な努力とは、核保有国が自らの核軍縮に努めることだけでなく、「友好国には甘く、敵対国には厳しい」という二重基準を排して公正な態度で核拡散防止に努めることも含みます。米国の友好国たるイスラエルの核武装を「公然たる秘密」として容認しながら、米国・イスラエルと対立するイランに対してだけ核武装は絶対許さないと主張しても、イランにとっては何ら説得力がありません。

NPTの平和的核支援条件を利用して、核兵器開発を秘密裡に進めていると疑われるイランのような国に対しては、軍事力を行使して、その開発能力を破壊すればいいというのがトランプの「戦略」でした。しかし、これが破綻していることをいまの新湾岸戦争の実態は示しています。以下、核軍縮の破綻を示す世界の動向を俯瞰した上で、この点を敷衍します。