前回配信記事で、核兵器不拡散条約(NPT)の基本構造と、それが内包する脆弱性を説明した上で、核保有国の核軍縮放棄により核不拡散体制が瓦解の危機にあること、米国トランプ政権によるイラン核合意破棄とイラン侵攻が、この危機をさらに深刻化させていることを指摘しました。

しかし、核拡散はある意味で、もう既に始まっているとも言えます。「核の平和利用」を標榜する原子力発電(原発)の復活・拡大という仮装の下に。以下、この点について述べ、前回記事を補足します。*今回、途中から有料記事です。


目次

  • 脱原発を推進してきた欧州に広がる原発回帰の波
  • イランの脅威を利用して核を売るトランプの「悪徳商法」--忍び寄る米中露核ビジネス競争の影
  • 核物質の軍事的転用がなくとも、原子力発電所自体が核兵器に化ける
  • 原発拡散は、核抑止と同じ論理で核拡散に転化する

脱原発を推進してきた欧州に広がる原発回帰の波

東日本大震災における福島原発事故の後、原発の危険性が再認識され、脱原発化が欧州諸国を中心に推進されてきました。しかし、ウクライナ戦争で、天然ガスを中心とする化石燃料のロシアへの依存を絶つ必要に迫られた欧州では、「脱炭素化」戦略の一環として、再生可能エネルギーでは足りない部分を補うものとして、原発を再評価する動きが出てきました。

今般のイラン侵攻によるホルムズ海峡封鎖は石油価格を高騰させて世界経済に打撃を与えました。この戦争の出口は見えませんが、仮に戦争が一旦終結したとしても、油田・ガス田を人質にした海峡封鎖という戦略が、イランやイランを真似する国によっていつでも使えることが判明した今、化石燃料依存そのものの大きなリスクが世界中で自覚されています。

欧州でも、温暖化による異常気象の災厄拡大や、AI産業の急速な発展による電力需要急増も相俟って、脱炭素化戦略として、再生可能エネルギーにだけ頼らず原発回帰が必要だという見解が強まっていましたが、イラン侵攻を契機に、この見解がついに、EUの公式路線になりました。本年3月11日に、フォン・デア・ライエンEU委員長は、欧州の原発縮小は「戦略ミス」だったと述べ、「次世代原子炉」と呼ばれる新たな原発技術の実用化推進への戦略転換を唱えています。

もともと原発依存率の高かったフランスが原発拡大路線を明確にし、ベルギー、スウェーデン、イタリアは脱原発から原発回帰への方針転換を明確にしています。さらに、脱原発の中心であったドイツでも、社民党や緑の党は脱原発の旗を降ろしていませんが、キリスト教社会同盟(CSU)など保守勢力の間では原発回帰が主張され、世論調査でも、福島原発事故直後は原発全廃を86%が支持したのに対し、2025年には55%が原発回帰を希望しています。

ドイツで再燃する「原子力カムバック議論」 電力事業者は復帰に否定的
欧州における原子力ルネサンスの動きが日本でも報じられている。だが、ドイツの電力会社が消極的であることは、あまり伝えられていない。彼らが原子力復活に尻込みするのは、事故のリスクではなく収益性の低さが理由だ。例えば大手電力会社RWEのマルクス・クレッバー社長は24年11月、独日刊紙とのインタビューで「私は、高い競争力を持つ形で原子炉を運転できる可能性について懐疑的だ」と発言した。

実は、EUでは電力市場も統合され、加盟国は互いに柔軟に電力を売買しています。脱原発を完了したと言われるドイツもフランスから電力を大量購入しており、国内では原発を排除しながらフランスの原発に依存しているとして、その欺瞞性が批判されてきました。

「ドイツの原発依存」はデマではありません – 事実です
私はSNSをあまり利用していない。学生からは、ツイッター(X)とかインスタをやらないのか尋ねられることが多いが、メールとラインだけのやり取りにしている。 理由は、ずいぶん前に子供から、「親父がSNSをやれば、時々炎上 […]

ドイツ国内で原発が復活するか否かはまだ分かりませんが、仮に復活しないとしても、EUの原発回帰に寄生して、急増する電力需要を満たす欺瞞的路線はドイツでもさらに強まりそうです。

イランの脅威を利用して核を売るトランプの「悪徳商法」--忍び寄る米中露核ビジネス競争の影

 

脱原発の旗手であった欧州ですら、上記のような状況ですから、原発回帰の傾向が世界中で今後強まることは残念ながら否定できません。これは、原発事故の危険性、核廃棄物処理問題など「平和的核開発」固有の問題だけでなく、軍事的核拡散の問題も孕んでいます。

前回記事で述べたように、平和的核開発としての原発を隠れ蓑にして、核兵器開発に向けた準備を進めるのが可能であることはイランが例証しています。実は、北朝鮮もNPTを2003年に最終的に脱退する前までは、公式には核兵器開発を隠していたのです。原発推進は、核武装化の潜在能力の開発にもつながるため、脱炭素化戦略としてだけでなく、敵対国の軍事的脅威に対する核の抑止力保有を求める諸国にとっては、軍事的な国防戦略としても重要な意義をもっています。

脱炭素化戦略としてよりもむしろ国防戦略として原発推進の必要性をいま強く感じているのは、サウジアラビアをはじめとする親米湾岸諸国です。米国とイスラエルによるイラン侵攻の結果、これらの諸国もイランの報復攻撃を受け、イランの軍事的脅威の増大に直面する一方、米軍の保護能力に疑いを持ち始めており、自らの国防能力を強化する必要に迫られています。なんと、米国トランプ政権はそこに目をつけて、軍事的転用の可能性を開くような仕方での原発技術の売り込みをこれらの国に行い始めています

2009年に民生用原子力協定により米国がアラブ首長国連邦(UAE)に原発技術を提供した際には、UAEに対し、ウラン濃縮・再処理を禁じ、核物質の軍事転用を防止する厳しい査察体制に服させる「ゴールド・スタンダード」と呼ばれる条件を課しました。しかし、本年7月22日に米国はサウジアラビアとの民生用原子力協定に署名しましたが、ここでは、UAEに対するようなゴールド・スタンダードの条件は緩和され、米国企業の支援の下にサウジアラビアが自国内でウラン濃縮を行う可能性を開きました。トランプ政権は民生用限定だと主張していますが、軍事的転用の潜在能力をサウジアラビアに与える協定だと批判されています。

アメリカ、サウジアラビアとの画期的な原子力協定に署名 ウラン濃縮への懸念の声も - BBCニュース
アメリカとサウジアラビアは22日、民生用の原子力協力協定に署名した。アメリカの技術を用いて、サウジアラビアの原発事業を推進するもので、将来的にはウラン濃縮ができるようになる可能性があると報じられている。

トランプ政権は、イランが原発推進に隠れて核武装化準備を進めることを断じて許さないとしながら、サウジアラビアのような親米国家に対しては、「イランに対抗するためにイランの真似をしてもいいが、こっそりやれよ」と目配せで合図を送っていると言っていいでしょう。

この「目配せ」があるからこそ、サウジアラビアはこの協定を結んだのです。サウジアラビアはイランからだけでなく、その同盟勢力たるイエーメンのフーシ派からの攻撃にもさらされており、国防力強化を迫られています。石油があり余り海峡封鎖で輸出が十分にできずに困っているこの国が、脱炭素化を急ぐために原発を推進しようとしているとは考えにくく、米国との原子力取引の主眼は国防力強化のための核武装化潜在能力の開発にあると言って間違いないでしょう。

実際、高齢の父の国王に代わってサウジアラビアを事実上支配しているムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、既に2018年に、米CBSニュースのインタビューで、「もしイランが核爆弾を開発すれば、我々もできるだけ早く同じようにするというのは、疑いようがない」と述べています​

イランが核兵器作ればサウジアラビアも「すぐそうする」=サウジ皇太子 - BBCニュース
サウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン皇太子は、米CBSテレビとのインタビューで、イランが核兵器を開発すれば、サウジアラビアもすぐにそうすると述べた。CBSテレビが15日、インタビューの抜粋を放送した。

米国はサウジアラビアとのこの原子力取引から数十億ドル規模の利益を得られると言われています。トランプがイラン核合意破棄、イラン侵攻と続いた自らの中東戦略の大失策の結果、イランの核の脅威を除去できなかったばかりか、ホルムズ海峡封鎖という強力な軍事的カードをイランに与えてしまったのは、「意図せざる帰結」だったでしょう。しかし、トランプはいまや、それにより自ら高めてしまった中東諸国の安全保障上の危機を、米国に利益をもたらす「核ビジネス」の機会として意図的に利用しようとしている。まさに、「核の悪徳商法」です。

もっとも、トランプは「核の餌」でさらに「外交利得」を稼ごうと欲張り、原子力協定署名の翌日に、サウジアラビアに対し、イスラエルと親米アラブ諸国との関係改善を進めるアブラハム合意――トランプ政権が推進してきたが、ガザ戦争で頓挫している――に参加しなければ協定を白紙に戻すと脅しをかけました。サウジアラビアはパレスチナ国家承認をアブラハム合意参加の条件としているため、協定の先行きは不透明化しています。

しかし、これに対し、安全保障・エネルギー問題の専門家から、アブラハム合意問題は一旦棚上げして、サウジアラビアとの取引を急げという警鐘が鳴らされています。その理由は、中東危機に乗じて核ビジネスの利益を得ようとする動きが中国やロシアにもあり、米国がぐずぐずしていると、中国・ロシアに原発利権と核兵器開発支配力を奪われる危険があるというものです(cf. Daniel Poneman, “Move ahead with a Saudi nuclear deal,” in The New York Times, International Edition, August 7, 2026, pp. 1, 10)。

トランプがこの警鐘にどう反応するかはまだ分かりませんが、中東政策で失策続きのこの「悪徳商人」的大統領が核ビジネスを穴埋め策の一部にしているのは確かです。しかし、この警鐘には、トランプ問題を超えた不気味さがあります。米国だけでなく、中国、ロシアという、核軍縮責任を放棄してNPTを瓦解の危機に追い込んでいる核大国が、自らも責めを負うべき安全保障危機の拡大に乗じて、軍事的転用の可能な原発技術の売り込み競争を繰り広げ、核拡散を積極的に推進しようとしていることを示唆しているからです。

原発回帰がもたらす核拡散は、軍事的転用の意図をもって原発が推進される場合に限られません。純粋に脱炭素化戦略として原発推進が図られる場合でも、原発が内包する魔性により、軍事的な核拡散と機能的に等価な帰結がもたらされうるのです。以下では、この点について述べます。