AIの進化によって、学位だけでは能力を十分に示しにくくなり、マイクロクレデンシャルやNQF(National Qualifications Framework)による新たな認証の仕組みが注目されるようになってきました。しかし、そこで新たな課題が浮かび上がります。それは、「人間ならではの能力」をどのように定義し、評価するのかという問題です。今回は、この問いを手がかりに、AI時代に大学教育が育てるべき力について考えます。


目次

  • 創造性やコミュニケーション能力は評価できるのか
  • 人文社会系のゆくえ
  • 編集者はAIに代替されるのか

創造性やコミュニケーション能力は評価できるのか

――では、AIに代替されにくい能力とは何なのでしょうか。

飯吉 よく挙げられるのは、創造性やコミュニケーション能力などです。

創造性であれば、これまでにない問いを立てたり、新しい発想を生み出したりする力です。一方、コミュニケーション能力であれば、多様な立場の人と協働しながら判断し、物事を前に進める力などを指します。

とはいえ、問題は、それをどう評価するかです。たとえば、プログラミングなら、何ができるかを比較的明確に示せます。工学や医療でも、一定の知識や技能については評価基準を作りやすい。

ところが、創造性だけを切り出して認証できるのかというと、簡単ではありません。コミュニケーション能力も同様です。

仮に「コミュニケーション能力がある」と認定したところで、それが何を意味するのかは状況によって大きく変わります。

だから最終的には、実際の活動の文脈で評価するしかないと考えています。研究開発の現場での創造性なのか、あるいはビジネスの現場でのコミュニケーション能力なのか。そうした具体的な目的や場面と結びつけながら評価していく必要があります。

それゆえに、単独で「創造性を認証する資格」のようなものを設けても、あまり意味を持たないかもしれません。

――マイクロクレデンシャルにも限界があるということでしょうか。

飯吉 マイクロクレデンシャルとして、何をどう評価し認証するかが問題です。人間ならではの能力を、文脈や場面から完全に切り出して認証するタイプのマイクロクレデンシャルだけでは、実用的には不十分だと言えます。

むしろ、AIが担う部分と人間が担う部分を組み合わせた形で評価していくことになるのではないかと思います。

つまり、AIに完全に代替されない能力だけを抽出して認証するというよりも、AIを活用しながら、「この領域で人間として価値を発揮できる」ということを示していく形になるのではないでしょうか。さらに言えば、そのような形で評価し、マイクロクレデンシャルによって認証することは可能です。

人文社会系のゆくえ

――そう考えると、人文社会系の教育は、より大きな転換を迫られそうですね。

飯吉 そこは本当に悩ましいところです。

理工系は比較的評価基準を整理しやすい分野です。工学なら何を設計できるか、何を開発できるかという形で示しやすいですし、医療系なら国家資格との結びつきもあります。

一方、人文社会系では事情がかなり異なります。もちろんNQFのような枠組みは人文社会系にも適用されますが、習得すべき知識や技能が理工系ほど明確にしにくい。何を学べば何ができるようになるのかを定義すること自体が容易ではない場合も多いからです。