生成AIは、レポートや課題の作成を効率化する一方で、理解に至るまでのプロセスを省いてしまう面もあります。今回は、学びにとってそのプロセスがどのような意味を持つのかについて、飯吉先生にうかがいます。(編集部)


目次

  • 学びの本質は「結果」ではなく「途中」にある
  • プロセスに時間をかけることの意味

学びの本質は「結果」ではなく「途中」にある

――学びでは理解を深め、知識を定着させる「プロセス」が重要だというお話でした。AIを活用すれば、レポートといった成果物を効率的に作れる時代にあって、プロセスはどのような意味を持つのでしょうか。

飯吉 学びにおけるプロセスは、単なる手順(プロトコル)ではありません。それ自体が価値を持っています。むしろ、学びの本質はこの過程にあると言ってもよいでしょう。

例えば、難しい論文を読むとき、最初からすんなり理解できることはほとんどありません。何度も読み返し、分からない概念を調べ、他の文献と照らし合わせながら、自分なりに意味を組み立てていく。その中で誤解や行き詰まりを経験しながら、徐々に理解に近づいていくわけです。

この一連の過程を通じて、知識は単なる情報ではなく、自分の中で構造化されたものとして定着します。つまり、「知っている」状態から「使える」状態へと変わっていく。この変化は、プロセスを経なければ起こりにくいものです。

また、この過程では内容の理解だけでなく、「どう考えるか」という思考の型も身についていきます。何に注目するのか、どう問いを立てるのか、どう仮説を組み立てるのか。このような力は、結果だけを得ても養われません。

一方で、AIは良くも悪くもこのプロセスを大幅に短縮します。必要な情報や要約を、ほぼ完成形に近い形で提示してくれる。これは非常に便利ですし、時間の節約にもなる。ただし、その裏側で、試行錯誤の過程が抜け落ち、理解が表面的で浅いままにとどまる可能性もあります。

プロセスに時間をかけることの意味

AIによって、これまでアクセスできなかった文献に触れたり、短時間で広い範囲を俯瞰したりすることが可能になりました。これは確かに能力の拡張です。

しかし、それはあくまで既存の基盤の上に積み重なっているにすぎません。謂わば知識の「上積み」です。基盤そのものが十分に鍛えられていなければ、知識の応用や再構成の場面で限界が生じてしまいます。