「学びに“AI” どこまでアリ? ためになる使い方は」――NHKのサタデーウオッチ9(2026年3月28日放送)では、卒論に生成AIを活用する学生の事例を手がかりに、AIと学びの関係が特集されました。この特集に高等教育におけるAI活用の専門家の立場から関わった飯吉先生に、番組の見どころと、AI時代に大学教育が直面する根本問題についてお聞きしました。
https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015086711000
AIは、学習や研究を大きく効率化する一方で、「それは本当に学びなのか」「成果物から能力を判断できるのか」という問いも突きつけています。いま問われているのは、AIを使うか使わないかではなく、AIが前提となった時代に、学び・教育の目的をどう組み直すのかです。(編集部)
目次
- AI時代に何を「学び」と呼ぶのか
- 成果物では能力を測れない?
- 学習者も「何が自分の力なのか」が分かりにくい
AI時代に何を「学び」と呼ぶのか
――今回のNHKの番組では、卒論に生成AIを活用する学生の事例が取り上げられていました。AIによって学習や研究のあり方が急速に変わりつつある一方で、「それは本当に学びなのか」という根本的な問いも提示されていました。まず、この番組全体をご覧になって、どのように受け止められましたか。
飯吉 NHKの記者の方とのインタビューは実際には約一時間に及んで色々とお話しさせていただいたのですが、その内容の要所も踏まえられており、番組全体のフレームワークがよく出来ていると思いました。
前半では、あえてネガティブな側面が強調されていましたね。「生成AIを使った文章が自分の考えと違うこともあった」「生成AIで書いたあとでは、記憶に残らないという報告がある」といった点とか。
番組後半は、単なる是非論ではなく、「生成AIをどう使うべきか」という論文執筆のプロセスの話に焦点が当てられていました。このような構成によって視聴者は、卒論の執筆に生成AIを使うことを、単純な良し悪しの判断から一歩進んで、より複雑な問題として捉えることができたと思います。
さらに良かったのは、番組を記事版が補完している点です。番組では時間の制約があるため、より分かりやすい流れや印象的なシーンを中心にせざるを得ません。しかし記事では、学生がどのようにAIを使ったのか、そのプロセスがより詳細に描かれている。記事を読むことで、理解がより深まるという感じですね。
成果物では能力を測れない?
――AIの登場によって、「学ぶとは何か」という定義そのものが揺らいでいるように見えます。この変化をどう捉えていますか。
飯吉 とても本質的な問いだと思います。従来の教育は、「学びについては、すべて人間が行う」という前提の上に成り立っていました。情報を集め、理解し、整理し、自分の言葉で表現する。その一連のプロセスを経験すること自体が学びである、という暗黙の前提が共有されていたわけです。
例えば、レポートを書くという行為一つを取っても、本来は、文献を探し、読み、要点を抽出し、自分なりの構成に組み立てて文章化するという複数の知的な作業段階があります。その一つ一つの認知的な行為に負荷がかかり、知力が鍛えられつつ、理解が深まり、知識が定着していく。このプロセスそのものが教育・学習の中核だと言えます。