ロシア国民は本当にプーチン政権に従順なのか――。戦争長期化で国内の不満が高まるなか、「国民は動かない」という前提そのものが誤解である可能性が浮上しています。歴史を振り返れば、ロシア社会は限界点に達した瞬間、大きな変革を起こしてきました。いま何が起きようとしているのかを考えます。※今回、途中から有料となります。
目次
- ロシア国民は本当に従順なのか
- 反プーチン勢力のクーデターの可能性
- プーチンの「裸の王様」戦略
ロシア国民は本当に従順なのか
トランプ米国大統領はやっとプーチンに騙されていたことに気付いて、ロシアに厳しい姿勢を取り始めたと思いきや、この11月20日に、またもやプーチンべったりの「28項目和平案」(事実上のウクライナ降伏案)を示して、これをウクライナに押し付けようとしました。しかし、ウクライナのゼレンスキー大統領もヨーロッパ諸国に働きかけ、ウクライナの安全保障の担保を強化する方向に米国の和平案を修正させる工作を進めており、その結果、プーチンの方が和平交渉を撥ねつける姿勢に出て、ウクライナ空爆を激化させています。停戦実現はまだ遠い先の話になりそうです。
前回述べたように、戦争が長期化すれば、ロシアの経済的・軍事的消耗はさらに進みます。そして、本格的な徴集兵の戦地派遣を実施しようとすれば、これまで我慢してきたロシア国民の不満が、ついに爆発する危険な臨界点に達する可能性があります。
多くの人がこの可能性を無視しているのは、「ロシア国民は従順で、プーチンに反抗するはずがない」という見方が支配的だからです。西側の対ロシア融和主義者たちが、ロシア国民に「プーチンを止めよ」と言わず、西側の国民に「ウクライナ支援を止めよ」と言うのも、この見方に基づいている。彼らは、一見「親ロシア的」に見えますが、本音では「ロシア国民は民度が低いからプーチンに隷従しかできない」と考え、ロシア国民を見下しているわけです。
しかし、歴史を見れば、この見方が誤りであることは明らかです。ロシア国民の忍耐力は強い。しかし限界に達すれば、大きな革命を起こしてきました。1917年にはツァーリの帝政体制を打倒し、1991年には国民を厳しく統制したソ連体制さえも崩壊させました。プーチン体制下でも弾圧されながら市民の抗議デモは各地で行われた。
ロシア国民多数派は傍観しているが、彼らがいつまでも従順であると考えるのは思い込みにすぎない。もちろん、プーチンに対する反乱が起きても、新しい政権がプーチンよりもリベラルで民主的である保証はまったくない。むしろ、もっと保守的で強権的な政権が生まれるかもしれない。
しかし重要なのは、その新体制が何であれ、戦争継続への国民の不満を権力奪取の推進力にした以上、国内統治基盤を確立するには戦争を止めざるを得ないことです。第一次大戦中に成立したロシア革命政府も戦争から離脱しました。

反プーチン勢力のクーデターの可能性
政治の経験則として、支配者に対するクーデタは、現体制への国民の不満が広範に高まったときにしか成功できません。
現在、プーチン体制の支配層の中にも、プーチンに対する不満を持つ者が少なくない。かつてはロシア経済を建て直したその実力によりプーチンを信頼していた者たちも、ロシアを経済的にも軍事的にも疲弊させる戦争を続けるプーチンに本音では幻滅している。反抗したり亡命したりすれば暗殺される恐れが強いため、表向きは忠誠を示していますが、実態は、面従腹背です。
しかし、彼らがクーデタを起こすのは、成功の見込みがあるときだけです。そして成功の見込みを感じるのは、国民の不満が臨界点に達し、国民大多数がクーデタ勢力を支持すると確信できるときです。
ソ連崩壊の政治変動が、その教訓になっています。ゴルバチョフを拉致したソ連保守派のクーデタが失敗し、逆にソ連を解体して民主的ロシアを樹立したエリツィンの革命が成功したのは、まさにソ連体制への国民の不満が臨界点に達し、体制変革への広範な国民の支持があったからです。
プーチンの「裸の王様」戦略
自己保存のためにウクライナ侵略を続けているプーチンも、これ以上戦争を続けると国民の不満が臨界点に達して自己の権力基盤がかえって危うくなると自覚すれば、戦争からの出口戦略を探すでしょう。その際、彼が最も合理的な自己保存手段を選ぶだけの理性を失っていないとすれば、私が提唱する「裸の王様」戦略を取るでしょう。