7月17日に皇室典範改正と並んで「国旗の損壊等の処罰に関する法律」が衆議院に続いて参議院で可決され成立しました。後者の第2条1項は「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法により、公然と国旗を損壊し、除去し、又は汚損した者は、二年以下の拘禁刑又は二十万円以下の罰金に処す」と規定しています。
6月27日の配信記事「男尊女卑の皇室典範は違憲である」で、皇室典範改正案を批判しました。今回は国旗損壊罪法の問題を取り上げます。「イラン・米国停戦」崩壊など、国際情勢も緊迫していますが、高市政権の下で日本国憲法の基本原理を蹂躙する悪法が次々と制定され、国内政治の暴走も座視できません。
後者の問題も前者に劣らず重大なので、冠文句を「Coffee Break」ではなく「悪法解剖学」にします。*今回、途中から有料記事です。

目次
- 国民感情保護論の嘘臭さ
- 国旗損壊罪法の狙いは、政治的異議を表出する象徴的表現の処罰である
- 刑法92条は明治時代の立法の残滓――廃止ないし限定解釈の必要性
- 自国が道を誤るのを正すために、自己犠牲を厭わず自国を批判する者が真の愛国者である
国民感情保護論の嘘臭さ
立法にはそれを正当化する理由が必要です。特に刑罰という重大な制裁を伴う法律を制定するには、刑罰を科してでも実現されるに値するだけの重要な価値の存在が示されなければなりません。その「重要な価値」は単に「社会的に重要な価値」であるだけでなく、憲法秩序に合致した価値でなくてはならない。法学者は刑罰法規を含む法規制の正当化根拠について「保護法益」という言葉を使いますが、単に「保護利益」ではなく、「保護法益」と言われるのは、法的な受容可能性が必要だからです。法的受容可能性は憲法適合性を含意します。例えば、国民の大多数が嫌う人種的・宗教的少数者を差別排除する法律を正当化する「保護法益」として、多数派国民の嫌悪感の保護を挙げることはできません。憲法14条が保障する法の下の平等に反するからです。
では、国旗損壊罪法の保護法益は何でしょうか。与党たる自民党はその公式サイトで次のように説明しています。
|
「国旗を大切に思う国民感情」を保護法益としました。国旗は社会通念上、国旗の用に供していると認識される有体物と定義。「お子さまランチの旗」や「絵画の一部として描かれた旗」、アニメ・マンガ・ゲーム・生成AI(人工知能)等による創作物等は対象外とします。
同法は「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法により、公然と国旗を損壊し、除去し、又は汚損」することを処罰の要件(構成要件と呼ばれます)にしていますが、この構成要件の規定はあまりに茫漠としており、濫用される危険性が極めて高いと法案段階から批判されてきました。そこで自民党は同法の保護法益が「国旗を大切に思う国民感情」だとするだけでなく、処罰対象外行為の具体例まで示したようです。しかし、上記の説明は、その嘘臭さを隠すどころか、丸出しにしており、いわゆる「語るに落つ」の典型例です。
まず、「『国旗を大切に思う国民感情』を保護法益としました」という表現が噴飯もの。保護法益は立法の正当化根拠の核心(政治家用語では「一丁目一番地」)ですから、「『国旗を大切に思う国民感情』が本法の保護法益です」と堂々と言わなければならない。「保護法益としました」という腰が引いた表現は、保護法益が曖昧だと突かれたので、あわてて「後付け講釈」でこういう理屈をひねり出したという自民党の「国旗の損壊等に関する制度検討プロジェクトチーム」の本音を露呈している。可愛いと言えば可愛いですが、政治家がここまで幼稚になったかと、ため息が出ます。
より重大な問題は、構成要件を明確化するつもりで挙げられた「処罰対象外」の具体例が、隠された本音を丸出しにしている点です。「お子様ランチの旗」はともかくとして、「『絵画の一部として描かれた旗』、アニメ・マンガ・ゲーム・生成AI(人工知能)等による創作物等は対象外」としたのは、「国旗を大切に思う国民感情」が保護法益だとする「建前」と矛盾している。絵画、アニメ、マンガ、ゲーム、生成AIの創作物であれ、描かれ方によっては「国旗を大切に思う国民感情」を著しく損なうことはあり得るので、これらをカテゴリカルに排除するのは、真の狙いが国民感情保護とは別の点にあることを示しています。
国旗損壊罪法の狙いは、政治的異議を表出する象徴的表現の処罰である
その「真の狙い」は、何が処罰の対象外にされなかったかを見れば分かります。
そもそも、国旗の公然たる損壊は、国旗損壊自体を自己目的にして行われることは通常ありません。その時点での国の政治体制や、軍事・外交・内政における「国策」に反対する人々が、デモや集会等でその政治的異議申し立てを強調する「象徴的表現行動」としてなされるのが通例です。
例えば、1989年のテキサス州対ジョンソン事件における合衆国最高裁判決は、合衆国国旗冒涜行為を罰するテキサス州法を違憲としましたが、その理由として、「表現の自由は、国旗の掲揚、国旗の焼却、腕章の装着、十字架の焼却などといった象徴的表現にも適用される」と述べました。問題となった国旗焼却行為は合衆国憲法修正1条が保障する表現の自由の適用対象たる象徴的表現とされたのです。
今般の日本の国旗損壊罪法はまさに、かかる政治的な異議申し立ての象徴的表現として国旗を損壊する行為を処罰対象に含めていることが、自民党が示した処罰対象外行為の具体例からそれが外されていることによって露呈しています。政府批判の象徴的表現行為としての国旗損壊を処罰するのは、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と規定する日本国憲法21条1項に反するもので、日本においても違憲で許されません。
自民党も「表現の自由の侵犯」と批判されることを意識して、絵画、アニメ、マンガ、ゲーム、生成AIの創作物は対象外としたのでしょう。これらは芸術的・文化的表現だから、これを対象外にしても政治的な象徴的表現の排除という「真の狙い」の邪魔にならないと思ったのかもしれません。芸術的・文化的表現も強い政治的メッセージを発し得ることを自覚していない点で甘いですが、それは別としても、政治的な象徴的表現としての国旗損壊をあえて処罰の「対象外」にしなかったことによって、かかる表現行動を罰するという真の狙いを露顕させています。
1987年、沖縄で第42回国民体育大会が行われた際、男子ソフトボール競技会の会場に掲揚された日の丸国旗を知花昌一が引き下ろして焼き捨てました。会場のある読谷村の村議会が国旗掲揚・国歌斉唱の押しつけに反対する要請決議を採択し、国旗掲揚・国歌斉唱の強制に反対する署名が村民の約3割にあたる8000名以上集められていたにも拘らず、国旗掲揚が断行されたことに対する政治的抗議行動でした。国旗掲揚の圧力をかけたのは個人的には日本ソフトボール協会会長でしたが、国民体育大会は文部省(当時)が主催団体に加わる国の行事でもあったので、知花の行為は太平洋戦争の修羅場となり、戦後も在日米軍基地の負担を集中的に負わされ続けている沖縄の人々の複雑な心情に理解を寄せない国への抗議でもありました。
知花は建造物侵入罪・器物損壊罪・威力業務妨害罪で有罪とされましたが、国旗損壊罪法により、これらの別罪の構成要件に該当しない行為、例えば自分の所有する国旗を公共の広場で業務妨害しない仕方で象徴的に損壊して一定の政治的メッセージを社会に発信する行為も処罰できるようになります。政治的な象徴的表現そのものを処罰する法律は明らかに憲法21条違反です。男尊女卑温存の皇室典範改正と表現の自由を侵犯する国旗損壊罪法、二つの違憲の立法を同時に押し切った高市政権、どこまで暴走し続けるのでしょうか。
それにも拘らず、国旗損壊罪法については支持する声も大きい。その政治的論拠をなすのは、刑法92条が外国の国旗の損壊を罰しているのに、日本国旗の損壊を罰する法規がなかったのはおかしいという議論と、愛国心醸成のため日本国旗損壊罪法は必要だという議論です。いずれも倒錯した議論です。以下、これらを検討します。