Coffee Breakを二回続けて、本編のウクライナ戦争論に戻ろうと思っておりましたが、知人から私信で、「台湾有事は日本の存立危機事態になりうる」という高市早苗首相発言が惹起している論議の一環について質問を受けました。質問内容は多くの人々が関心を持つ重要な問題をめぐるものであり、本編でもウクライナ戦争とガザ戦争を論じた後で考察するつもりの「世界と日本のこれから」という問題にも関わっています。そこで、Coffee Breakをもうちょっと延長し、この知人の質問への回答を、若干ポリッシュアップして、皆さまと共有させていただきます。
目次
- 高市首相発言の何が問題か
- 悪いのは東條英機ではなく、「勇ましい世論」か?
高市首相発言の何が問題か
知人の質問を紹介する前に、背景をなす高市首相発言について一言しておきます。
高市発言は、安倍政権時代になされた「集団的自衛権」を解禁する安保法制改革を前提にしています。これは、日本が直接攻撃されなくても、日本と密接な関係にある他国(特に米国)が攻撃を受けた結果、日本の存立が危うくされる事態(存立危機事態)が生じたら、その他国と共に日本も参戦する道を開くものです。
11月7日の衆院予算委員会で、立憲民主党の岡田克也議員が、もし中国が台湾を侵攻したら、日本はそれを存立危機事態とみなして介入する可能性はあるのかと質問したのに対し、高市首相は「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだ」と答えました。日本は現在、台湾を国家としては承認していませんから、「日本と密接な関係にある他国」としてここで想定されているのは米国で、中国の台湾侵攻を制止するために米国が介入して米国と中国との間に軍事的抗争が生じるなら、米国と協力して自衛隊が防衛出動する可能性があるという趣旨であると解するしかありません。日本の軍事介入だけでなく、その前提として米国の軍事介入の可能性を認めたことになります。
これは中国の激しい反発を招いており、これまで米国も安倍政権も採ってきた「戦略的曖昧性」(台湾有事における軍事的介入については否定も肯定もしない曖昧な姿勢をあえて示し続ける戦略)の枠を不用意に踏み越えて、中国を挑発する愚かな発言であると、日本の保守派からも批判されています。
しかし、私には高市発言をめぐる現在の議論はきわめて皮相的に思えます。日本が直接中国に攻撃されなくても、米国が台湾有事(例えば中国による台湾海上封鎖)に軍事介入したからといって、日本も米国に従って自衛隊を出動させて米中戦争に巻き込まれるのがいいのかという問題、すなわち集団的自衛権の在り方をめぐる本質的な議論が棚上げされ、中国を牽制しつつ過度に刺激しない上手な言葉遣いをめぐる修辞学的議論、一見「大人の外交論」に見えますが、実質的には「臭い物に蓋をする」だけの現実逃避思考にとどまっています。
私は以前から安倍政権の集団的自衛権解禁自体を「違憲だけど政治的に必要」を通り越して、政治的にまったく不要かつ愚劣であると批判してきました。ここでは詳述できませんが、拙著『憲法の涙』(毎日新聞出版、2016年)第4章などを御参照ください。今般の高市発言をめぐっては「戦略的曖昧性」の枠を超えたことの是非に関心が集中しており、米国に対する日本の軍事的属国化の最後の歯止めを自ら捨てた集団的自衛権解禁の是非という本質的問題が、まるで「もう解決済み」であるかのように無視されています。この日本政治の「おめでたさ」にこそ、日本という国家の本当の「存立危機」があるように私は感じています。

