トランプ政権が掲げる「ヴェネズエラ侵攻の大義」の一つ、石油権益確保論は正当化できるのか。本稿では「ヴェネズエラの石油は米国のものだ」という主張を、法哲学と国際法の観点から検証し、その論理的破綻を明らかにします。※今回、途中から有料になります。
目次
- 「ヴェネズエラの石油は米国のもの」という主張の「哲学的論拠」
- ロックは、トランプ流ジャイアンを支持せず
- なぜチャベスは外国石油企業の資産を国有化したのか
ヴェネズエラ侵攻について三回目の配信です。トランプ政権が掲げる三つの「大義名分」の最終項目、石油権益確保分与論を検討します。一回で済ませるつもりでしたが、話が長くなるので二回に分割します。今回は、ヴェネズエラ石油資源に対するトランプの権利主張の法哲学的検証を行い、次回、石油への強欲による米国のヴェネズエラ干渉の根底にある「資源の呪い」の問題を解明します。
「ヴェネズエラの石油は米国のもの」という主張の「哲学的論拠」
ヴェネズエラの社会主義化を進めたチャベス政権下において、米国を含む外国の石油企業の資産が国有化されたことに触れました。これについてトランプ大統領は、「これは米国史上最大の窃盗だ。彼らのように我々の財産を盗んだ者は誰もいない。彼らは我々の石油を奪い、インフラを奪い去った。そのインフラはすべて朽ち果て、腐敗している。[我々の]石油会社が入ってそれを再建することになる」と語ったと報道されています。
トランプは、米国石油企業の石油採掘インフラだけでなく、採掘されていた石油までもが「我々のもの」で、ヴェネズエラはそれを盗んだと主張している。軍事侵攻でヴェネズエラ政府に対し石油権益を米国に供与するよう強いることは、米国がヴェネズエラの石油資源を略奪することではなく、本来米国のものだったのにヴェネズエラが盗んだ資源を取り返しているだけだというわけです。
「盗人にも三分の理」という諺がありますが、トランプの理屈は「俺のものは俺のもの、お前のものも俺のもの」という『ドラえもん』の悪役ガキ大将、ジャイアンの「有名な暴言」――シェークスピア作品に先例あり――を思わせます。この「ジャイアン主義」を正当化する「三分の理」をあえてひねり出すなら、近代社会契約説の主唱者の一人である哲学者ジョン・ロックの所有論が考えられます。
ロックによれば、無主物に最初に労働投下した者はその無主物を所有できる。実際、アメリカ先住民から白人入植者たちが土地を奪うのを正当化するためにロックの所有論が援用(濫用)されたこともあります。ヴェネズエラの油田を探査し採掘するという「労働投下」を最初にしたのは米国企業だから、ヴェネズエラの油田は米国のものだという理屈が考えられます。
ロックは、トランプ流ジャイアンを支持せず
しかし、この理屈は成り立ちません。そもそも、ヴェネズエラの領土・領海内の油田は「無主物」ではなく、ヴェネズエラ国家が1830年に完全独立して以来、これを「領有」していました。国家の領有は領有対象を国有化するか、その対象への私的所有権を設定した場合でも国法に基づき収用する権能を含みます。これは国家の主権の一部として国際法上も承認されています。ヴェネズエラは国内油田の探査採掘に外国石油企業の助けを借り、その「報酬」として石油収益の相当部分を外国企業に与えましたが、これは油田自体の所有権を譲渡することを当然には意味せず、仮に油田所有権を譲渡したとしても、国法により、それを収用できます。
1976年にヴェネズエラは油田の国有化を宣言し、ヴェネズエラ国営石油会社(PDVSA)を設立しましたが、国有化するか否かに関わりなく、ヴェネズエラ国家は国内油田に対し領有権を有していました。トランプも米国の領土領海内に存在する未発見・未開発の天然資源はすべて米国が領有すると主張するでしょう。「俺のものは俺のもの」と主張するなら「お前のものはお前のもの」と承認しなければなりません。
さらに言うと、ヴェネズエラの油田を最初に探査し採掘したのは、すなわち最初に「労働投下」したのは米国企業ではなく、英国とオランダの合同企業ロイヤル・ダッチ・シェルの現地子会社であるヴェネズエラ石油権益会社(VOC)でした。「ヴェネズエラの石油は米国のもの」と主張するのは、ロックの所有論によっても無理なのです。米国が要求できるのはせいぜい、チャベス政権によって国有化された米国石油企業の資産に対する補償であって、ヴェネズエラの石油資源そのものに対する権益ではありません。
チャベスと彼を支持したヴェネズエラ国民は、「米国こそヴェネズエラ国民の財産である石油の富を収奪し巨利を貪ったのだから、米国石油企業資産に対する補償の必要すらない」と主張するでしょう。以下、彼らの観点に照明を当てます。