正月休みの後、本年最初の配信です。ウクライナ戦争論のまとめに入るつもりでしたが、日本でお屠蘇気分の続く中、米国は1月2日深夜から3日未明にかけて、かねてから威嚇してきたヴェネズエラ侵攻とマドゥロ大統領夫妻拘束を実行しました。本年元旦の朝日新聞のオピニオン欄で、国際社会における法の支配の危機に関する私のインタビュー記事が出ました(3日の朝日新聞デジタルに拡充版掲載 https://www.asahi.com/articles/ASTDM4V8YTDMUPQJ00FM.html)。その直後に、トランプがこの危機をさらに深刻化させるこんな蛮行に走り、平手打ちを食らった気分です。これはウクライナ戦争とも関係するので、後者についてまとめる前に触れざるを得ません。Coffee Breakという冠文句は、コーヒーで正月の酔いを覚まして向き合うべきシリアスな問題という意味で受け止めてください。
目次
- マドゥロ体制の腐敗と強権性
- 積極的正戦論から消極的正戦論へ――悪政の是正は「正当な戦争原因」ではない
- マドゥロ体制変革の権限と責任はヴェネズエラ国民にある
マドゥロ体制の腐敗と強権性
2024年のヴェネズエラの大統領選挙で、選挙管理委員会は、現職のニコラス・マドゥロ候補が野党候補のエドムンド・ゴンサレスに約52%対43%の得票率差で勝ったと発表しましたが、野党勢力は、その独立集計により、ゴンサレス候補が約70%の得票率で圧勝したとして選挙不正を糾弾しました。ヴェネズエラでは、マドゥロの前任者チャベス大統領の時代から権力の大統領への集中が進み、選管も政権の支配下にあり、この選挙についても内外からその不透明性・操作性が厳しく批判されました。マドゥロは大統領に就任し、選挙不正を批判する人々を弾圧し、野党候補のゴンサレスはスペインに亡命しました。
チャベス時代にはヴェネズエラは石油輸出で潤い、その利益を国民に再分配することで、チャベス体制は広範な支持を得ていました。2013年にチャベスが死に、マドゥロが後継者として権力の座に就いてきましたが、2014年の石油危機以降、ヴェネズエラ経済は悪化し、政府機構全般の汚職による腐敗と不効率性より、公共サーヴィス体制も崩壊し、国民の不満が高まりました。しかし、マドゥロはこれを強権的に封じ込めてきました。
米国トランプ政権による今般の軍事侵攻とマドゥロ大統領夫妻逮捕について、マドゥロ政権の悪政を批判して弾圧されてきた人々の中には、これを、腐敗した権威主義体制からヴェネズエラを解放する機会だとして歓迎する者も少なくありません。ゴンサレスの亡命後もヴェネズエラに残って反マドゥロ運動を主導し続け、昨年ノーベル平和賞を受賞した野党政治家のマリア・コリナ・マチャドはその代表例です(現在国外潜伏中)。
マドゥロ体制は、国民への公共サーヴィスの提供という政府の基本的任務は放棄しながらも、自らの権力を保持するために国民を監視し抑圧する機能だけは強固にもつ国家という意味で「不在なのに全能な国家(an absent yet omnipotent state)」と呼ばれています(ヴェネズエラの社会心理学者コレッテ・カプリレスの言葉)。こういう体制は米国のような強大な外国の軍事的介入によって打倒するしかないという気持ちが反体制派の人々に広がるのは心情的には理解できます。
しかし、強大な外国の侵略から自国を防衛するために他の諸外国の支援を要請するウクライナの様な場合と異なり、自国の悪しき体制を変革するために外国勢力の軍事介入を求めたり是認したりするのは、法的にも政治的にもただちに正当化可能であるとは言えません。軍事干渉勢力たる米国の「善意」への期待が政治的にナイーヴすぎるからだけでなく、ある国の国内体制の変革を理由にした軍事的介入は、戦争を規律する国際法・国際正義の基本原理に反するからです。後者の点をまず説明します。

積極的正戦論から消極的正戦論へ――悪政の是正は「正当な戦争原因」ではない
かつて「正戦論(just war theory)」と呼ばれた立場は、戦争は正しい目的を実現するための手段であるなら正当だとし、「正しい目的」の中には、「邪悪な体制」の転覆・改造も含まれました。これは十字軍やジハード、宗教改革戦争など、「邪教」・「異端」が支配する国家を打倒する「聖戦(holy wars)」の思想となっただけでなく、共産主義対資本主義というような世俗的イデオロギー対立に基づく体制干渉戦争としても現出しました。私はこれを「積極的正戦論」と総称しています。