戦時下のウクライナでいま、「汚職との戦い」が揺れています。汚職糾明機関への統制強化に動いたゼレンスキー政権は、国民の猛反発を受けて、直ちにその独立性を回復させ、その後、閣僚や側近の汚職摘発により、内政上の試練へ。さらにトランプが「28項目和平案」で圧力をかけます。※今回、途中から有料となります。
目次
- ウクライナ政界における「汚職との闘い」の一進一退
- 汚職摘発はウクライナにおける民主主義と法の支配の強さの証である
- ゼレンスキー政権の試練に付け込むトランプの「28項目和平案」
ウクライナ政界における「汚職との闘い」の一進一退
ウクライナ政界では、今般のロシアの侵攻前から、汚職の跋扈が政治風土になっていました。政治家が私腹を肥やすという個人的悪徳だけでなく、政治力の行使が金銭の授受を通じて行われる悪習の支配により、政治力を行使し維持するために汚職が必要となるという構造的な問題もあります。
ゼレンスキーは政治経験のないコメディアンでしたが(注1)、このような汚職構造の解消を公約に掲げて、2019年に大統領選に勝利しました。古い政治のしがらみから自由な、彼のような人物でなくては汚職文化を一掃できない、という国民の強い期待を受けてのことです。ウクライナ国民の多数が望むEU加盟を認めてもらうための条件として、汚職を排除する政治的透明性の確保がEUから求められていたことも背景にあります。
大統領就任後、ゼレンスキーは汚職の排除に一定程度の成果をあげましたが、ロシアの侵攻後、反汚職キャンペーンが鈍りました。戦時経済体制下で、武器・軍事物資の生産・調達や、破壊された民間施設や発電所を含む都市インフラの再建などを迅速に進めるため、汚職が「潤滑油」になって回っていた旧来の統治システムの悪弊にある程度目をつぶる必要があったようです。
本年7月22日に、政府に対し強い独立性を認められていた汚職捜査機関の国家汚職対策局(NABU)と汚職訴追機関の特別汚職対策検察(SAPO)に対する政府の統制を強化する法案にゼレンスキー大統領は署名しました。「ロシアからの影響の排除」を理由にしていましたが、上記のような戦時経済体制を回すための「悪弊との妥協」が本音だったと疑われています。
(注1)高校教師がウクライナ大統領になって政治の腐敗を正すというテレビドラマシリーズ『国民の僕』で、彼は大統領役を演じて人気を博し、2018年に番組と同名の政党「国民の僕」を立ち上げて政界入りした。
汚職摘発はウクライナにおける民主主義と法の支配の強さの証である
しかし、ゼレンスキー政権のこの動きに対し、支援者であるEU・西側諸国が批判しただけでなく、ウクライナ国民が猛然と反発し、各地で抗議デモを行った。そのため、ゼレンスキー大統領は上記法案署名からわずか9日後の7月31日に、汚職糾明機関の独立性を回復する新法案に署名しました。
その結果、NABUとSAPOは汚職の捜査訴追を強力に推進し、本年11月に、二人の閣僚(エネルギー相と法務相)を含むゼレンスキー大統領の複数の側近の汚職関与が摘発されました。とりわけ、ゼレンスキーは彼の右腕と言われたイエルマーク大統領府長官を解任せざるをえなくなったことで、ロシアの攻勢激化という対外的危機状況の下で、内政上の試練を迎えています。
ただ、次の点が重要です。ゼレンスキー政権内部の汚職を摘発したのは、ウクライナ国民の市民運動により独立性を回復したNABUとSAPOです。今回の汚職スキャンダルは、ウクライナの政治文化が孕む悪徳の残滓を示すだけでなく、ウクライナが、自らの政府の内部の腐敗を剔抉し是正する自浄能力を保持していること、すなわち、戦時下にも拘らず、ウクライナでは民主主義と法の支配がしたたかに生きていることを同時に証明しているという点です。これは、恐怖政治的独裁と「盗賊国家(kleptocracy)」的腐敗が支配するプーチン体制のロシアと比べるなら、ウクライナの政治的美質として銘記さるべきです。
ニューヨークタイムズのコラムニスト、ブレット・スティーヴンズは、政府の汚職スキャンダルを暴いたウクライナについて、次のように述べています(同紙国際版、2025年12月5日、1頁)。
自国の存在を守るために戦いながらも、自らの指導者たちを捜査できる国民は、擁護するに値する国民だ。(A nation that can investigate its leaders even as it fights for its existence is one worth defending. )
私はまったく同感です。ウクライナの汚職スキャンダルで、ウクライナに幻滅し、「こんな国、支援する必要なんかない」と感じている人々もいるかもしれません。そういう人たちには、私の上記の説明と、スティーヴンズの言葉に思いを致していただきたく存じます。
ゼレンスキー政権の試練に付け込むトランプの「28項目和平案」
米国大統領のトランプは、ゼレンスキー政権の汚職スキャンダルを見て、「ウクライナは擁護に値する国民だ」と再認識するのではなく、「ゼレンスキー政権が弱っている今こそ、ウクライナをロシアに降伏させる絶好の機会だ」と判断し、またもや近視眼的なウクライナ叩きに姿勢転換しています。