前回(3月10日)配信記事、でイラン侵攻を正当化する米国の二つの口実のうち、先制的自衛論を批判しましたが、今回は神権的専制から民主制へのイランの「体制転換」を支援するという主張を検討します。 ※今回、途中から有料記事になります。


目次

  • 「体制の民主化」は侵略を正当化できない
  • 米国の介入動機は専制体制の民主化ではなく、反米体制の除去にある
  • イランを神権専制国家にしたイラン革命はなぜ起こったか
  • 三つの湾岸戦争への米国の恣意的介入が強化したイランの神権体制

「体制の民主化」は侵略を正当化できない

本年1月7日に配信したヴェネズエラ侵攻に関する一回目の記事で詳述したように、現在確立している国際法と戦争正義論の基本原則によるならば、「悪しき体制の打倒」のための侵略を承認する「積極的正戦論」は否定され、正当な戦争原因は基本的に自衛に限定されています。イランの体制を民主化するというのが、仮に米国の真意だったとしても、それは悪しき専制政体に対する軍事侵攻を正当化できず、「開戦法規=戦争への正義(jus ad bellum)」に明らかに反する違法・不正な侵略です。

民主化のための侵略は開戦法規違反であるだけでなく、論理的・政治的に自壊しています。1月7日配信記事で、正当戦争原因を自衛に基本的に限定する「消極的正戦論」の根底には、「悪しき体制を変革する第一次的な権限と責任は、その体制の下に生きる人民自身にある」という政治的自律の原理が存在すると指摘しました。この政治的自律の原理は制度的に民主制を持つか否かに関わりなく、すべての政治体制に貫徹する人民の自己統治の思想、いわば「原民主主義(proto-democracy, Ur-demokratie)」の理念を示しています。

外国の侵略により制度として民主体制を樹立したとしても、それは外部勢力によって他律的に押し付けられた体制にすぎず、人民が自らの政治体制を自律的に形成するという民主主義の生命をなす思想に反し、結局、「仏作って魂入れず」で、外国勢力が撤退した後は瓦解する脆弱性を孕みます。

国際法と戦争正義論の基本原則

さらに、外国勢力にとっても軍事介入のコストは決して小さくなく、かかるコストを払ってでも他国の民主化のために軍事介入するのは、それに見合うだけの自国利益を得る見込みがあるからであり、介入コストが介入利益を上回ると途中で撤退し、被介入国を内戦状態・無政府状態に追いやって済ますということが、残念ながら国際政治でよく見られる現実です。介入国が民主国家だとしても、その政府が民主的答責性を負うのは自国民に対してで、被介入国の国民に対してではありません。外国の軍事力に依存した民主化は、専制体制と同様、民主的答責性なき権力による支配をもたらすという点でも自壊的なのです。

米国の介入動機は専制体制の民主化ではなく、反米体制の除去にある

イランの民主化が仮に米国の真意だとしても、これは侵略正当化理由にならないと言いましたが、この仮定は反実仮想で、米国の真意はイランの民主化ではありません。第二次大戦後の米国の中東政策の狙いは、「中東の民主化」ではなく「中東の親米化・脱反米化」で一貫しています。サウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、オマーン、クウエートなど、首長一族が世襲的に支配し宗教的政治的自由が制約され女性差別も根強い専制的・権威主義的体制の国家も、親米的で米国企業の権益を尊重する限り、米国は保護してきました。

逆に、イランで1952年に民主的に選出されたモハンマド・モサッデク首相が石油国有化運動を進めると、米国は英国と協力し、CIAの工作で1953年にクーデターでモサッデク政権を崩壊させ、亡命中のパーレビ国王(パフラビー2世)を復権させました。パーレビ国王はアメリカの支援下で、専制君主として経済近代化政策を断行する開発独裁を進め、イランにおける民主主義の萌芽を潰しました。

いまのイランは専制的であると同時に反米的なので、イランの民主化という侵攻口実はもっともらしく響きますが、米国がイラン侵攻に踏み切った真の理由は、イランが「抵抗の枢軸」と言われる中東における反米同盟の中心であるため、これを潰す必要があることです。サウジアラビア等の親米首長国家も反政府的民主化勢力は厳しく弾圧しており、バイデン政権下の米国はさすがにこれを批判しましたが、軍事介入などは問題外でした。いまの専制体制のイランもバーレビ国王体制のように親米的であれば、侵攻されるどころか、サウジアラビアなどと同程度の厚遇を受けたでしょう。

実際、イランの体制転換を実現するには、空爆だけではだめで、米国の地上軍の派遣が不可欠です。しかし、イランは人口約9000万人で膨大な国土を持ち、兵力も強大で、正規軍60万人、革命防衛隊20万人に加え、革命防衛隊傘下の民兵組織バスィージ(Basij)が約100万人いると言われる。このイランを完全制圧するには膨大な数の米軍兵士(一説によると100万人)が必要で、しかもイランがゲリラ戦のような「非対称戦」に訴えるなら戦争が泥沼化し長期化して、米兵の戦傷者・戦死者数も膨大になることは必至です。そうなると空爆の戦果を誇っている間は抑制されてきたMAGA派のトランプ離れも急激に進むのは目に見えており、トランプにはそこまでやる気はない。

馘首(かくしゅ)作戦成功後も、イランがそれを見越して後継体制への移行を事前に周到に準備しており、抗戦を断固続ける姿勢を示すや否や、トランプはヴェネズエラ侵攻の場合に「マドゥロなきマドゥロ体制」を容認したのと同様に、米国と妥協する用意のある新たなイラン専制体制(「ハメネイなきハメネイ体制」)ならこれを容認する用意があることを示唆しました。殺害された最高指導者アリ・ハメネイ師の次男モジタバ・ハメネイが父の遺志を継いで米国・イスラエルとの妥協を拒否する姿勢を明確にすると、トランプは「イランのヴェネズエラ化」を諦めたようですが、彼のこの風見鶏的言動はイランの民主化などどうでもよいという本音を正直に表白しています。

イラン侵攻により、イラン国民の反米ナショナリズムはむしろ高まり、民主化勢力に対するイラン政府の弾圧は一層強化されている。米国・イスラエルによる攻撃は、175名の被害者を出した女子小学校空爆をはじめ、赤新月社(Red Crescent)の報告によると、3月17日段階で500弱の学校・医療施設、6万以上の民間施設を既に破壊しており、開戦法規違反にとどまらず、交戦法規に反する戦争犯罪にまで突き進んでいる。イラン国民の犠牲に無頓着なこの攻撃を見て、専制体制からの解放をトランプに期待した民主化勢力もさすがにたじろぎ、幻想から覚醒しつつある。

イランに関わる米国中東政策の自国中心性は、「アメリカ・ファースト」を公然と掲げるトランプの場合は露骨に表れていますが、実はこれはトランプ政権に限ったことではなく、既に示唆したように、戦後の米国の中東政策を貫通するものでした。しかし、それが皮肉にも、イランの神権専制体制を産み出し、その支配力を強化させる原因ともなったのです。以下、この点につき、補足しておきます。