10月に入ってから、毎週、ウクライナ戦争篇(1)から(5)までを、私としては勤勉に配信してきました。論理的にきっちり詰めた議論をしてきたつもりなので、読者の中には「ちょっと息抜きしたい」と思われる方もいらっしゃるでしょう。実は、書いている方もそうです。学会や研究会でもCoffee Breakという休憩時間は必ず入れるので、この連載でも、ウクライナ戦争の原因論を(5)で結んで、次に終結方途論を(6)から始める前に、ここで休憩を入れたいと思います。
目次
- サンデルの受賞と私の縁
- ハーヴァード大学での国際シンポジウム
サンデルの受賞と私の縁
会議のCoffee Breakは一服するためだけでなく、余談・雑談を楽しむためにもあります。実は、こういう余談・雑談から刺激を受けることもままあります。それを真似て、このニュースレターでも連載中のCoffee Breakでは、連載テーマから少し外れて道草を食う「こぼれ話」をすることにします。
本年10月14日に、米国のバーグルエン研究所が授与している「バーグルエン哲学文化賞」の2025年度受賞者が、正義論の「白熱教室」で国際的に著名なハーヴァード大学の政治哲学者マイケル・サンデル教授に決定されました。


私は、1986年から1988年まで二年間ハーヴァード大学哲学科にフルブライト交換客員研究員として滞在して以来、長年にわたり、彼と学問的交流があり、東京大学でのサンデル(以下敬称略)を招いた講演会や授業でもホスト役を務めました。また、バーグルエン研究所創設者のニコラス・バーグルエン氏(注1)に招かれて、2014年にニューヨーク大学で開催された同研究所の活動方針をめぐるブレーン・ストーミングに参加し(サンデルも招待講演者として参加)、「哲学者のノーベル賞」とも言われる同賞創設の意義を理解する機会ももちました。その意味で、サンデルの本賞受賞を心から祝福したいと思います。
(注1)ニコラス・バーグルエン(Nicolas Berggruen)は哲学に深い関心をもつ富裕な実業家。自宅をもたずに高級ホテルを住居代わりにしていた時に、「世界一豊かなホームレス」などという綽名を付けられたこともある。哲学的実業家としては、哲学者カール・ポパーの弟子でオープン・ソサイエティ財団を創設したヘッジファンド運営者ジョージ・ソロスに通じる面もあるが、私が個人的に意見交換した限りでは、ソロスのように、「開かれた自由社会の擁護」という姿勢を前面には出さず、中国の台頭を重視し、中国と西側世界が公正に共生できるような哲学の探究に関心を示していると思われる。日本が「失われた20年」から「失われた30年」に移行しつつあった時期で、彼から「一体日本はどうしてしまったのか?」と訊かれ、彼の世界像の中では中国の存在がアジアでは圧倒的に大きく、日本の存在感は稀薄化していると感じさせられた。
ハーヴァード大学での国際シンポジウム
サンデルは、前期は「共同体論(communitarianism)」、後期は「公民的共和主義(civic republicanism)」と立場を微妙に換えながらも、リベラリズムを「哲学的に貧困な個人主義」として批判する姿勢をとってきました。私は彼のリベラリズム理解が間違っているとし、より的確に再構成されたリベラリズムはサンデルの思想の正しい洞察を生かしつつ、その限界を超える指針となるという立場をとってきました。ハーヴァード大学哲学科滞在中だけでなく、いくつかの国際シンポジウム、彼を招いた東大のプロジェクトなどを通じて、サンデルとは立場を異にしつつも建設的な議論を楽しんできました。

